僕ではない僕
母は鬱陶しくて、俺は何度か「人前で世話を焼かないでほしい」と訴えた。けれども母は、「もう、男の子ねえ」と笑うだけで、俺が照れ隠しで言っていると信じて疑わないようだった。本当に嫌がられているなんて思っていない。母親とはそんなものなのだろうか。世間一般的な母親像を知らない俺は戸惑った。
そんな日々が続いた、ある日のことだった。
俺はついに怒りが絶頂に達した。不満を詰め込みすぎて、堪忍袋の緒がとうとう切れたのだ。外を知らない俺のストレスへの耐性は、皆無といえた。
「あのなあ、本当にやめてくれよ、やたらと世話を焼くの」
俺は自宅のリビングで、声を荒げて言った。すると、母は本気で驚いたような表情をした。
「どうしてそんなこと言うの? お母さんはあなたのためを思って……」
「僕はもう二十歳を過ぎてるんだ、小さな子どもじゃないんだよ。母さんは、まだ小さい頃の僕の面影を見ているのかもしれないけど、もうそんな時期はとっくの昔に過ぎてるんだ! 手遅れなんだよ」
「手遅れ……」
「それにさ、前から思ってたんだ、どうしてタツじゃなくて僕なのかって。母さんはさ、本当は、タツと向き合うのが怖いんじゃないのか。本当の息子であるタツと。だからタツの分身である僕を代わりにしているんだ。そうだろ! 僕はタツの代わりなんだ!」
「俺は、自分の考えは絶対に当たっていると前から思ってた。母さんは俺を、タツの代わりにしているんだ――自らが捨てた本物の息子と向き合うのが怖いから」
納得できる理由、のような気がした。人は自分にとって都合のいいことを信じたくなるらしい。そうであってほしいと僕が願うから、腑に落ちるのかもしれない。
ただ、ノリの言い方が引っかかる。
「……違ったの?」
「ああ、まったく違った。俺は前提から間違っていたんだ」
瞬間、ノリの表情が悪魔のように歪んだ。口が耳まで裂けているような幻覚すら見た。言いたくて言いたくてたまらなかった。このときをずっと待っていた。そう言わんばかりの、恍惚とした表情だった。
「お前だよ、タツ」
「えっ?」
ノリの声以外のすべての音が、僕の世界から消えた。
「身代わりはお前だったんだ、タツ。父さんやキタガミさんからそう思い込まされていた。最初から全部、すり替えられていたんだ」
「何を……何を、言っているんだ?」
やめてくれ。聞きたくない。それなのに、そう訊かずにはいられない。
「クローンはお前だよ、タツ。オリジナルは、俺のほうだ」
すべて、俺に返してもらう。
ノリの言葉が、頭の中でがんがんと鳴り響く。たまらず耳を塞ぐ。塞げば塞ぐほど、嘲笑うように頭の中の声は大きくなる。
クローンは、僕だ。




