母性
「……母さんのほうから、訪ねてきたんだ」
「そういうことだ。……羨ましいのか?」
「……正直、よく分からない」
分からないことだらけだ。無理に変えたような、違和感のあるノリの喋り方も、僕だけを除け者にする母の態度も。離婚のことも、母と父の間に本当に愛はあったのかどうかも。そしてこの身体に眠る、異体のしれない遺伝子についても。
「ただ……なんとも言えない、気持ち悪さのようなものがあるのは、正直……確かなんだ」
「まあ、そうだろうな」
ノリはあくまで淡白だった。
「ところで……その母さんの提案には、乗ったの?」
「色々考えたけどさ。結局、乗ることにしたよ。うちって、金貯め込んでるけど使わないし。数ヶ月くらい、お試しに乗ってみるのもいいかなって。まさか二ヶ月目の途中で、あんなことになるとは思わなかったけど」
ノリは、ヘラヘラしているように見えた。怒りではなく、恐怖と戸惑いが湧いてくる。
目の前にいるノリは、僕の知っているノリじゃない。そんな気がしてならない。
「それで、タツが仕事や野球観戦に出かけている間に、何回か母さんと出かけたんだ」
ノリはそんな僕の様子に気づいていないのか、あるいはあえて無視しているのか、そのまま話を続けた。
母と出かけること自体は、知らない町を好きに見ることができて楽しかった。母は俺のやりたいこと、行きたいことを優先してくれたから、母に付き合わされている感はまったくなかった。
人の目を気にせず、好きに食事をし、買い物をするのは、思った以上に面白いことだった。食事代は俺持ちだったし、たまに母に物をねだられることはあったが、必要経費だと割り切った。金に困っているわけでもないし、それはそんなに問題ではなかった。
ただひとつ問題だったのが、母がやたらと俺の世話を焼きたがることだった。
「ノリ、ちゃんと食べ切れるの? 食べ切れなかったらお母さんに言うのよ、代わりに食べてあげるからね」
「成人男性だよ、これくらい食べられるよ」
「あら、そう? たくさん食べるのねえ。ところで、身だしなみはちゃんと整えてる? あんまり外に出ないからって、サボっちゃダメよ? お肌のダメージは、あとから来るんだから……」
母が世話を焼くたび、周りの人がくすくすと笑っているのが分かった。俺は生まれてからずっと人の目を気にしていたから、そういう気配には敏感だ。でも母は気づいていないようだった。それがたまらなく恥ずかしかった。
では子どもが好きなのだろうかと思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだった。ショッピングモールではしゃぐ子どもの声に「うるさい」と眉を顰め、子連れとたまたまぶつかったときには聞こえるように舌打ちしていた。俺への対応との違いに、困惑するほどだった。




