色々
「あなた、車の免許とか、ないんでしょ」
「そりゃ……タツの免許証を借りれば、無免許運転にはならないかもしれないけど、たぶん事故るだろうね」
たぶんというか、ほぼ間違いなく事故を起こすだろう。運転した経験はもちろんないし、車を運転する上での一般的な常識も欠如している自覚がある。当たり前だ、車を運転するどころか、同乗する機会さえなかったのだから。
「だったら、そう遠くにも行けないわよね。公共交通機関を使うと、タツの知り合いに見られるリスクも高まるでしょ?」
「まあ……」
「お母さんね、長崎の生まれで、今も長崎に住んでいるの。ここからものすごく離れているわけじゃないけど……あなたの、というかタツの知り合いはたぶんいないわよ」
俺がなおも迷っていると、母は畳み掛けるようにまくし立てた。
「いい話でしょ、ずっと家の中なんてつまらないじゃない。息苦しいでしょ。長崎なら日帰りで戻ってこれるわ」
「別に、日帰りで出かけようと思えば、僕一人でも……」
「公共交通機関の利用方法も、よく知らないでしょ。よく知らないものは不安で、利用しにくいでしょ。あなた、小さい頃からそうだったもの。お母さんだから分かるのよ」
他人と話しているという気分は変わらないままなのに、こうして母親面をぶっ込んで来られると気持ち悪いを通り越して恐怖すら覚える。でも、母の提案に心が揺らいでいるのもまた、確かだった。
「……とにかくさ、いくら貸してほしいのか教えてよ。話はそれからじゃない?」
「そうね」と、母は少し嬉しそうな表情になった。俺が取引に前向きだと思ったのだろう。あながち間違いでもないし、わざわざ否定するほどではない。条件を聞いてから考えるのは、悪いことじゃないはずだ。
「できればね、毎月十万円くらい、貸してほしいと思ってるの」
「……毎月かい」
「仕方ないでしょ、生きてるだけでお金がかかるんだもの。文昭の遺産、相当あったんでしょ。ずいぶん前に離婚したとはいえ、私は妻だったのに、一円も入らないなんて。そんなのってないわ」
その言葉には、さすがの俺も少し腹が立った。父との思い出はほとんどないが、それでも俺の中の何かを侮辱されたような気がしたのだ。
「父さんが死んで、悲しくないの?」
「まさか。そんなわけないじゃないの。文昭は、こんなどうしようもない私のことを、初めてちゃんと見てくれた人だもの」
「じゃあ、どうして離婚したの?」
母はしばらく黙り込んだ。何かを言おうか言うまいかと逡巡しているような間だった。最終的には、母は深いため息をついただけだった。
「色々あるのよ、大人には」




