取引
「……いいの……お母さんは、ええと、タツじゃなくて……あなたと話がしたかったの」
「……どうして?」
目が泳いでいる。聞けば聞くほど、疑念が募る。もしや母さんは、どちらがオリジナルかなど知らずにやって来たのではないか。やはりオリジナルがいい、などとは、偽物の手前言い出せなくなったのかもしれない。
「別に、そんなことはいいじゃない。それより、家に上げて頂戴よ。外じゃゆっくり話せないでしょ」
それは、俺も同意見だった。俺は、タツが家にいない間は、なるべく周りに姿を見せてはならない。タツの知り合いに目撃されては困るからだ。
追い返すにしても、ここで言い争っているわけにはいかないだろう。
「……分かった。じゃあ、上がって」
リビングに通すと、母はきょろきょろと辺りを見回した。
「あんまり変わってないのねえ。趣味とか、ないの?」
「あるけど、趣味のものは自分の部屋に置いてるから」
「リビングを飾り付けたりとか」
「興味ないよ、呼ぶような人もいないし……僕もタツもね」
「そうなのねえ。ちゃんとお友達はいるのかしら? 辰徳……じゃなかった、ノリは難しいかもしれないけど……」
「あのさ」
いきなり母親面をされて、プライベートにずけずけ踏み込まれた感じがして、俺は正直腹が立っていた。
「わざわざそんなこと言いに来たの? 違うでしょ。何か用事があるんじゃないの」
「……つれないわね」
母は悲しそうに肩を竦めたが、俺は何も感じなかった。
「……あのね。お母さんね、ちょっとお金を貸してほしくて……」
「……お金?」
俺は呆気にとられた。離婚して、一度も便りすら寄越さなかった母親が急にやって来て、息子にお金を集る。こんな、ありふれたドラマのような醜い展開があっていいのだろうか。こんなのが俺の、母親なのか。頭が痛くなってくる。
「軽蔑しないで、ちゃんと理由があるの。お母さんね、文昭……あなたのお父さんが亡くなるまで、毎月お金を振り込んでもらってたの。でもね、お父さんが亡くなって、私にはお金が入らなくなったでしょ……女ひとり、この時代生き抜いていくのは大変なのよ。一人で今日まで頑張ってきたけど、そろそろ限界なの。ね。何も頂戴って言ってるわけじゃない。ちゃんと返すから」
「はあ……でも、僕一人じゃ決められないよ。僕にあるのはお小遣いくらいで、生活費の管理をしているのは働いているタツだから」
「じゃあ、あなたは口座からお金を引き出せないの?」
「いや、一応共有の口座だから引き出せないことはないけど……」
「貸せないくらい生活が困窮しているとか?」
「そういうわけでもないけど」
「だったら、ほら、ね、いいじゃない」
「でもなあ……」
「それじゃ、こうしましょうよ。取り引きしましょ」
「取り引き?」
「お母さんにお金を貸す代わりに、お母さんが、ノリを外に連れ出してあげる。怯えずに外出できる場所に、連れてってあげる。誰もあなたのことを知らない場所に、お母さんは住んでいるから」
その取引内容は、俺を確かに動揺させた。




