対話
「ここは、母さんが住んでた家だ」
一瞬、空気が固まったような気がした。じっとりと冷や汗が滲む。
やはり、そこに繋がってしまうのか――。ノリは、僕の知らないところで、母と繋がりを持っていたのだ。
「ひどい顔だぞ、タツ。とにかく、入れよ。ここじゃなんだしさ」
僕は言われるがまま、ふらつく足取りでアパートの中へ入った。目眩がする。それでもどうにか息を整え、部屋の中を見た。母が暮らした部屋だ。目に焼き付けておきたいと思った。
ユニットバスを除いて、広めの部屋がふたつ、玄関から見て縦に連なっている家だった。手前の部屋はリビングルームを想定しているのだろうが、来客がないのか私室と化している。一人用のデスク、クローゼット、ほとんど何も入っていない本棚、小さなベッドが置かれている。
奥の部屋はキッチンになっているようだ。備え付けらしい料理台と、小さなダイニングテーブルがひとつ。向かい合わせるように、ふたつのダイニングチェアが置かれている。
祖母の家がずいぶんな散らかりようだったようなので、同じようなゴミ屋敷を想像していたのだが、母の部屋は存外綺麗だった。というより、物が少ないせいもあるだろうが、あまり生活感が感じられない。
ノリがキッチンに歩いていき、ダイニングチェアに腰掛けた。それから、向かいの椅子に座るよう目で促す。僕は大人しくノリの向かいに座った。
「生活感がないなって思ったろ?」
頭に浮かんでいたことをずばり言い当てられたが、特に驚きはしなかった。いつものことだからだ。僕たちは、いつでも考えることは同じだった。
「母さん、あんまり家には帰ってなかったみたいだからな。寝て起きるだけ」
「……忙しかったのかな」
「まあ、忙しかったといえば、忙しかったんじゃないのか。水商売やって、男の家に転がり込んで。もう歳も歳だから、なかなか関係も続かないみたいだけど。母さん、素材は悪くないと思うけど、化粧が下手すぎるからな」
「……ノリは……母さんに会ったことがあるんだね」
ふん、とノリが鼻を鳴らした。
「白々しいぜ。……分かってるんだろ。あの死体のことも、その犯人もさ」
僕は、ノリの顔を見た。ノリはまっすぐに僕を見ている。思わず逸らしたくなるほど、強い眼光だ。
「ばあちゃん家まで探し出して、わざわざ二回も――もしかしたらもっとか? 長崎まで来たくらいなんだ。あの状況じゃあ、俺がやったのは明白。身元がなるべく分からないようにぐちゃぐちゃにしたけど、お前、人間関係薄っぺらすぎるし。辿り着くのも時間の問題だよな。思ったより早かったけど」
やっと収まってきていた目眩が、再び始まった。
信じたくなかった。心のどこかでは、一縷の望みを捨てられずにいたのだ。すべて冤罪であってほしい。ノリじゃない真犯人がいて、そいつは僕のまったく知らない奴で、そいつを捕まえてハッピーエンド。それがいい。そう思っていた。
でも現実は、甘くはなかった――。




