不在
「それじゃあ、腹ごしらえも済んだことですし、そろそろ行きましょうか」
僕は頷いた。のんびり観光をしに来たわけではない。
タクシーに乗り、実家近くの公園で降りた。今回のタクシーは無口な運転手さんで、根掘り葉掘り聞かれずに済んだので助かった。
「城戸さんは、近くで張っていたんですよね? パパラッチさながら」
冗談交じりに伊東さんが言う。
「まあ、たった一日ですから、張っていたというほどのものではありませんが」
「どうしましょうかね。同じように張り込みをするか、あるいはこっちから出かけていくか……」
「こちらから、というのは無理じゃないですか。僕はノリと同じ顔だし……」
「私がいるじゃないですか」
伊東さんは胸を張ってみせた。
「私が、セールスのふりでもして軽く様子を窺ってきましょう。もしノリさんがいれば、家を出る前に突撃すればいい。いなかったら、張り込むしかないでしょうが。いずれにせよ、今後の作戦を練ることができます」
「ありがたいですが……いいんでしょうか、任せてしまって」
これは僕の問題なのだ。それなのに、僕ができることといえば、ただ待っているだけ。こんなにもどかしいことがあるだろうか。
「いいんですよ。これは、私自身のためでもありますから」
伊東さんが噛みしめるように言う。
「私も、優とのことに決着をつけなければなりません。あなたの件と、優の件は確かに繋がっている。だからあなたと――ノリさんのことを知ることは、私のためにもなるんです。それに私は、どうもあなたと優を重ねてしまうのですよ。性格はまるきり違うのに、不思議なものです」
伊東さんは照れくさそうに笑った。
「そういうことですから、お互い様ということで。……行きましょう」
僕は頷き、伊東さんの前を歩いた。
僕たちは年齢も境遇も何もかも違う。けれども、目的は同じだ。
それは、絆や愛情なんて曖昧なもので繋がれた関係よりも信頼できる理由ではないだろうか。そう思う僕は捻くれているのだろうか。あるいは……。
僕は脳裏に浮かんだ考えをすぐさま打ち消した。今は、そんなことを考えている場合ではない。
「ノリさんは、今は家にいないようです」
ものの十分ほどで帰ってきた伊東さんは、肩をすくめて言った。
「セールスマンを装って中を探ろうと思ったのですが、なかなか疑り深くて頑固な人ですね、お祖母さんは。家に入れてもらうことはできませんでした」
「借金取りがよく家に来るみたいですから、来客には敏感なようです」
「道理で、中が荒れていたわけですね」
「ノリはいなかったんですね」
「ええ。すぐに追い出されそうになったので、どうにか追い縋って、中を見ました。かなり散らかっていましたけど、狭い部屋でしたから隠れられる場所はないと思います。彼は部屋にはいませんね」
「僕が現れてから帰っていないのか、たまたま今は留守にしているだけなのか……どちらなんでしょう」
「せめてノリさんの生活の証がないかと部屋を眺めはしたのですが、いかんせん物が多くて……」
「……仕方ありませんね。ありがとうございました、伊東さん。とりあえず、交代で張り込みしましょうか」
「そうしましょう。張り込みなら慣れてますから、私のほうが長めの時間でも大丈夫ですよ」
そういうわけにはいきません、僕にも任せてください――と言いたいところだが、あまり自信はなかった。この間の、たった一日の張り込みでもずいぶん疲れたのだ。己の体力のなさを恨むほかなかった。




