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覚悟

「……なんですって……? バスセンターで、ノリを?」

「城戸さんと同じ背格好ということしか分かりませんが、城戸さんでないのなら、ノリさんかもしれません」

「他に、何か職員さんは覚えていませんでしたか?」

「真っ黒いレインコートを着ていたそうです。高速バスのチケットの乗り方が分からなかったようで、うろうろしていたから声をかけたのだと」

 真っ黒いレインコート――あの日のことが僕の脳裏に鮮明に思い出される。確かにノリは、かえって目立つのではないかと思うような真っ黒いレインコートを着ていた。我が家に唯一あったレインコートだ。返り血がついてしまっていたなら、それを隠す手段はあのレインコートしかなかっただろう。

「城戸さん? 心当たりがあるのですか」

「はい。間違いありません。それはノリでしょう」

 普段遠出などしたことがないノリが、高速バスのチケットの買い方が分からないのは無理からぬことだ。

「やはり、ノリは長崎に行っていたんだ……」

「やはりというのは?」

 僕は伊東さんに、母方の祖母を訪ねて長崎へ行ったこと、ノリが訪れたらしい様子だったが結局会えずじまいだったことを話した。

「なるほど。なんらかの理由で、ノリさんはお母さんと接点があった。だから実家を頼ったのでしょうね」

「はい。その接点がなんだったのかが、さっぱりなんですが」

「どうでしょうか。案外、単純な理由かもしれませんよ。たとえば……息子に会いたくなって訪ねてきた、とか」

「まさか。母は僕たちのことが嫌いでした」

「でも、腹を痛めて産んだ我が子です。急に会いたくなることもあるんじゃないでしょうか」

「そういうものでしょうか……」

 親ではない僕には、分からない。

「まあ、でも……そういうことなら、探偵を雇ったのは無駄だったかもしれませんね。ノリさんはおそらく、福岡には戻っていないでしょう。長崎を捜したほうが良さそうですね」

「どうしてそんなことが分かるんですか?」

「ノリさんにとって、この街は人を殺してしまった場所なんです。いつ発見されて、警察の捜査が始まるか分からない。そんな場所は、避けたくなるのが人間というものです」

 まだノリが殺したと決まったわけでは――という反論は、もはや野暮だろう。

「……やはり……そうですよね。次の休みに、もう一度長崎へ行ってみようと思います」

「あまり時間をかけすぎないほうがいいと思いますよ。明日には出ましょう」

 伊東さんが当たり前のように言うので、僕は驚いた。

「でも、仕事が……」

「休みを取ればいいです。体調を崩したとでも行っておきましょう。大丈夫ですよ。あなたの今の顔色でしたら、誰も疑わないと思います」

 どうやら伊東さんなりのジョークらしい。確かに今の僕はいつ倒れてもおかしくないくらい酷い顔をしている。そのとおりだ、と思った。

 仕事を休むなど普段と違う行動を取ることで、自分自身が怪しまれることに今まで怯えすぎていた。けれど、そうして安全策を取り続けていたら、大切な機会を逃してしまう。そんな気がする。

 そろそろ、僕も覚悟を決めなければならないのかもしれない。

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