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張り込み

 それから僕はアパートの近くの木陰で、ひたすら見張り続けた。離れたのは、向かいの寂れたコンビニに行った一度だけ。それも一分ほどだ。店の入り口にあったおにぎりとお茶のペットボトルを引っ掴んで会計し、慌てて出てきた。張り込みには体力を使うだろうと思ってのことだったが、ひどい緊張のせいか食欲はまったく湧かず、おにぎりは食べずじまいだった。代わりに、水はあっという間になくなった。

 しかし、日がとっぷりと暮れてしまっても、とうとうノリの姿は現れなかった。祖母がノリに電話して、今日は帰ってこないように言ったのかもしれない。できれば明日以降も張り込みを継続したかったが、明日は仕事だ。出勤しなければならない。移動の時間を考えると、そろそろ帰らなければ仕事に差し支える。余計な詮索をされるわけにはいかない。会社での付き合いはあまり深くはないので、大丈夫だとは思うのだが。

 後ろ髪を引かれる思いで帰ろうにも帰れないでいると、突然、スマホが鳴った。夜の港町はあまりにも静かで、その音は町中に響いているのではないかと思うくらい大きく感じられた。緊張状態が続いていることもあっただろうけれど、それにしてもこの静けさでは、祖母が聞き耳を立てていた場合聞こえていないとも限らない。僕は慌てて通話ボタンを押し、その場を離れた。

「もしもし」

「ああ、タツ」

「キタガミさんですか」

「そうだが。なんだ、お前は発信者も見ずに電話に出るのか? 不用心な奴だな」

「いえ、普段はそんなことないんですけど。今日はちょっと事情が……。キタガミさんこそどうしたんですか?」

 電話の向こうで、呆れたような声が聞こえる。

「どうしたもこうしたもねえだろ。幸子のところに行ったきり連絡もねえから、気になっただけだ。報告くらいしたらどうなんだ」

「すみません。実は僕、まだ長崎にいるんです」

「はあ? 幸子とは会えたのか?」

「その、会えたんですけど……」

 僕はキタガミさんに、祖母と会ったことと、おそらく祖母がノリを匿っていること、ノリの帰宅を待って張り込んでいたが帰ってこなかったことを話した。

「……そうか。いや。想像以上の収穫だな。居場所を知っているどころか、匿っているとは」

「でも、会うことはできませんでした。祖母がノリに連絡をしたのなら、ノリはもうここには来ないかも……」

「お前は、幸子に伝言を頼んだんだろ?」

「はい、ノリ宛てに……。でも、ちゃんと伝えてくれるかどうか」

「いずれにせよ、お前がそこに来たことはノリには伝わっているだろう。遠ざけるにしても、理由は話すだろうからな」

「そうか……そうですね」

 僕がノリを長崎まで追いかけてきて探していることは、ノリにも伝わるということだ。

「それなら、僕に連絡があるはず……ですよね」

 僕が同じ立場なら――自分の母親を殺す立場になる理由など見当もつかないけれど――ノリがそうやって僕を探していると知ったら、罪悪感で押しつぶされそうになるだろう。申し訳無さと心細さで、ノリにはいずれ連絡するに違いない。だから、ノリも同じはずだ。だってノリは僕のクローンなのだから。同じはず、だよな……。

「不安か?」

 キタガミさんにそう言われ、僕はどきりとした。

「まさか。大丈夫ですよ。ノリからは必ず、連絡が来ます」

 僕は強がってそう答えた。

「そうか。だったら、いつまでもそっちにいないで帰ってこい。張り込みなんてして、職質でもされたら困るだろ」

「……そうですね。分かりました。すぐに帰ります」

 そう答えたものの、僕の心は靄がかかったようにぱっとしなかった。

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