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故郷

 キタガミさん経由で実さんから母の実家の住所を聞いた僕は、高速バスで三時間ほどかけてその場所へと向かっていた。

 母の実家は、長崎県の西のほうにあった。港町らしく、潮の匂いが立ち込めている。人の姿はまばらだ。漁師や、子どもの手を引いて歩く主婦らしき人、友達と談笑している男子高校生。福岡とはまた違った光景が新鮮だった。とはいえ、のんびり観光しているような暇はないし、そもそもそんな気分ではない。僕には、やらなければならないことがあるのだ。

 バスに乗ろうと思いバス停の時刻表を見たが、一時間に一本しか通らない。しかも運の悪いことに、さっき行ったばかりのようだ。仕方なく、近くのタクシー会社を調べてタクシーを呼ぶ。到着までに五分ほどかかった。

 タクシーに乗り込むと、平日の昼間に一人でいる若者が珍しいのか、運転手は色々と質問を投げかけてきた。

「ここには観光で?」

「ええ、そんなものです」

「珍しかね。なんば見に来たと? 最西端け?」

 最西端とはなんだろう。分からなかったが、とりあえず話を合わせておくことにした。

「そうですね、それも、見ようと思っています」

「最西端なら、こっちの方角じゃないけん、向こうから行こか?」

「あ、いえ、後から行くので、大丈夫です」

「そうか? じゃあ、どこに行くとね?」

「ちょっと……亡くなった母の、実家に」

 観光という体にしておくと運転手の質問攻めから逃れられなさそうだったので、僕はそう言った。嘘ではない。……おそらく。

「ああ……そうか、それはその、立ち入ったことを聞いたな」

「いえ」

「すまんね、このへんで見ない人だと思ったもんで、つい好奇心でね。こういう仕事ばしとると、色んな人と会うって思われがちっちゃけど、こげん田舎では会うのは常連のジジババばっかやけんね、いや、すまんかった」

 運転手は言い訳がましく早口で言うと、それきり口を噤んでしまった。どうやらあまり人が多い町ではなさそうだ。そのぶん、福岡と比べると、ご近所付き合いも活発なのかもしれない。それでは、母や祖母のことも、誰か何かしら知っているのだろうか。母のことが噂になっていないといいが。祖母と母は不仲だったようだから、大丈夫だとは思うのだが。

 そんなことを考えていると、目的地についた。念のため、実家から少し離れた公園を指定してあった。僕は料金を払い、タクシーを降りる。気まずさから逃れるように、タクシーは僕が降りるなりすぐに走り去っていった。

 町並みを眺めながら、ゆっくりと歩く。景色に見惚れていたわけではない。いよいよ母の実家に行くのだと思うと、緊張して気後れするのだ。

 数分歩いて、教えてもらった住所に辿り着いた。いかにもボロっちいアパートだった。果たしてこんなところに人が住んでいるのだろうか? そう疑問に思うほどだ。アパートの周りは雑草が伸び放題で、幽霊屋敷のように景観が悪い。管理人は存在するのだろうか。祖母が住んでいるということなら存在するのだろうが、入居者のことはどうでもいいようだ。

 アパートは二階建てで、部屋数は各階三部屋ずつの計六部屋。二階の真ん中の部屋が、教えられた部屋だ。

 軋む階段を上がる。人の気配はない。留守なのか、あるいは入居者などいないのだろうか。

 二階に上がり、目的の部屋が見えたとき、僕は息を呑んだ。真ん中の部屋だから窓が見える位置になく気が付かなかったが、仄かに室内から明かりが漏れている。また、ドアに設えられた簡易的なポストからは、行政かららしい封筒がはみ出ていた。こっそりと目を滑らせ、宛名を見る。

 盛田幸子。間違いない。実さんから聞いた、祖母の名前だ。

 心臓が激しく暴れ出す。会ったところで、なんと言えばいいのだろうか? どう切り出せば? 高速バスの中で散々考えたことではあるが、ついぞ答えは出ないままだった。

 どうしよう。やはりやめておこうか。いや、ここまできたのに――。

「どちらさま?」

 僕が悩んでいると、ドアの向こうから老婆らしき声が聞こえた。疲れた様子ではあるが、声には張りがある。

 僕がなんと答えたものか迷っていると、ドアの向こうの声は厳しく鋭いものになった。

「ねえ、誰かいるんでしょ。分かってるのよ!」

 それでも答えられないでいると、ドアの向こうからため息が聞こえた。どうやらドアはかなり薄いらしい。

「もう、いいわ。じゃあ、こっちから行ってやるわよ」

 そんな声が聞こえたのと、乱暴にドアが開けられたのは、ほぼ同時だった。

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