次なる手
「俺は、お前の親父のその真っ直ぐな目に、負けたんだよ。生命への冒涜だと思っていたのに、いつしか文昭の研究こそが生命の神秘に触れるものだと思うようになっていた」
父には、そんなオーラのような、強い信念があったというのだろうか。幼かった僕には、よく分からなかった。
「父がつくりたかったクローンというのは……なんだったんでしょうか? ノリが、そうだったのかな」
「……それについては、お前自身が答えを見つけるほかないだろう」
なんだか含みのある言い方だなと思ったが、何も言わなかった。
「いずれにせよ、お前の母親の実家に行かないわけにはいかないだろうな」
「えっ……でも、それは」
あまりにもリスクが高すぎるという話ではなかったか。いきなり押し入ってなんと説明すればいいのかも分からないし、母――つまり祖母の娘は、亡くなっている可能性が高いのだ。
「リスクはあるが、研究所にいなかった以上、他に当たれる場所はねえ。行けねえなら、捜索はそれでおしまいだ」
確かに、それはそうだ。他に何か足取りが分かるものがあるわけでもない。実さんも、ノリの居場所は知らないようだったし。
「ただ、お前はともかく俺は赤の他人だから、ついていくわけにはいかねえ。完全に、お前一人だ」
「僕、一人……」
そう思うと、途端に不安になった。キタガミさんのことを疑ったり、怖いと思ったりしたこともあったけれど――キタガミさんがやくざと繋がっていると知り、今も恐怖心がないといえば嘘になる――キタガミさんがいてくれたことで、僕は正気を保っていられたのかもしれない。一人だったら、何もできず途方に暮れているばかりだったろう。
後ろ暗いことを抱えているという点では、キタガミさんも実さんも、僕だって同じだ。後ろ暗いことがない人なんて、きっとこの世に一人もいないだろう。大切なのは、過去に何を抱えているかではなく、その人が何を信じ、何を大切にして生きているのか、ということなのだ。
今では、キタガミさんを疑っていた自分が恥ずかしい。父がすべてを託した人なのだ。現にここまで、僕のために色々と考えてくれていた。疑うなんてあってはならないことだった。
怖いけれど、これからは、僕が頑張らなければ。
「……分かりました。行きます」
「おう。ただ、話を聞く限り、お前の祖母もかなりワケアリっぽいからな。何かあったらすぐに連絡しろ。これ以上事を荒立てるんじゃねえぞ。なるべく穏便に済ませろ」
やくざが――正式には組員ではないらしいが――穏便になんて言うんだな、と思うと、僕は少しおかしくなって吹き出してしまった。
「おい、何を笑ってんだ」
キタガミさんの表情は柔らかい。おかげで、少し緊張がほぐれたような気がする。
「では、早速行ってきます」
「大丈夫か? 今日はお前からしても、初めて知ることが多くて色々考えることもあるだろ。明日でもいいんだぜ」
「いえ。今この瞬間だって、ノリは辛い思いや、心細い思いをしているのかもしれません。だったら僕がぐずぐずしているわけにはいきませんよ。ノリは、もう一人の僕なんですから」
「……そうか。そうだな」
キタガミさんは立ち上がると、僕に何かを投げて寄越した。
小さな革製のケースだった。
「アウトドア用の折りたたみ式サバイバルナイフだ。護身用に持っとけ。何が起こるか分からねえからな」
「……分かりました」
僕は素直にそれを受け取ると、ポケットにしまいこんだ。




