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エゴイズム

 白鷺組。

 暴力団の名前だ、とすぐに分かったが、聞いたことはなかった。

「お察しのとおり、白鷺組はそんなに大きな組じゃないよ。私の父が先代だから、まだ二代目だ」

 俺の心を読んだように老人――仁三郎は言った。

「ただ、着実に勢力を拡げているところだ。他の組は持ち得ない、最強のカードを手に入れたのだ。権力を生み出すのは、いつの時代も狂った正義感なのかもしれないな」

 仁三郎はまた、くつくつと喉を鳴らして笑う。言葉の真意が見えず俺は苛々した。

「何が言いたい。俺をもう一度医者にって……闇医者だろう?」

「当然だ。君に医師免許はもう無いんだからな。闇医者以外あるまい」

 さも当然のように言ってのける。

「だったら、俺の仕事はチンピラの治療だろうが。そんなものに正義はない」

「チンピラの怪我だからと、無視していいのかね? それは君の最も嫌いな、命の選別じゃないのかな」

 この男は、俺のことをどこまで知っているのだ。そもそも、住所をどうやって特定したのかも謎だ。この場所は、親父にだって教えていない。

「それに、心配しなくとも、君ほどの腕前の医者をチンピラの治療などにあてたりはしない。私は今、優秀な医者を探しているのだ。君は外科だけでなく、内科の心得もあるだろう?」

「……そんなことまで知っているのか」

「君のお父上は、こちらの世界でもわりと有名なものだからね。家族のことも調べがついている。特に同じ医者である――いや、失礼。医者だった君のことはね」

 いちいち癇に障る言い方をする男だ。

 それにしても、俺の情報は、やはり親父から割れたのか。

 親父が喋ったわけではなかろうが――親父だって俺の居場所を知らないのだから――親父が身元を調べられていたと思えば、違和感はない。むしろ、それ以外に俺の身元が割れる可能性はないだろう、とすら思う。

 親父は恨みを買いやすい人だった。名医として多くの命を救い、沢山の人に感謝されている一方、権力や金で救う命を決める人間で、救った人間と同じくらいの人間を見殺しにしてきたため、恨んでいる人も多かった。

 また、医師会への影響力もかなり持っていたし、政治家との交流も多かった。やくざは喧嘩の強さより裏の繋がりが大切だというから、そういう方面でも敵を作っていたというのは不思議な話ではない。

 除け者扱いしてさっさと追い出したくせに、迷惑をかけやがって――。

 そう思う反面、仁三郎の言葉に心を動かされかけている自分もいた。

 また医者に戻れるのなら、なんだってする。俺はその時、初めて気がついた。俺を突き動かしていたのは、何も命を救いたいなどという青臭い正義感だけではない。俺は医者という生き方に執着しているのだ。そしておそらくは、俺は。

 親父を、超えたかった――。

 自分は親父とは違うと、証明したかったのだ。

 完全なる、エゴイズムだった。

 この男は――仁三郎は、それを見透かしていたのだろうか。

 だから俺に声をかけたのか。俺ならば、仁三郎から持ちかけられたとんでもない話に乗るだろう、と。

 実際に、その見立ては正しかったわけである。

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