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話さなければならない

 キタガミさんは再び、話を始める。

「専門的な話をしたって分からねえだろうから、詳細は省くが……俺は何度も、お偉いさんの言うことに逆らったんだ。その結果が、医師免許の取り消しだった」

「医師免許って、そんな簡単に取り消しになるんですか? 偉い人の言うことを聞かなかった……というだけで?」

「検索したら、医師免許を剥奪された奴がどんな理由で取り消しになったのかは出てくる。そこには剥奪されてしかるべき理由しか書かれていない。たとえば児童買春なんかだな。詐欺などで捕まっても、せいぜいが停止三年がいいところだ。上司に逆らったなんて理由だけじゃ停止にもなってねえ」

「それじゃあ、どうしてキタガミさんは……」

「目に見えることがすべて真実だとは限らねえってことだ」

 キタガミさんは僕の目をしっかり見て言った。

「俺は、お偉いさんと何度か衝突していたが、ある日ついに本気でぶつかっちまった。お偉いさんの胸ぐらを掴んでな。殴る前にぎりぎり踏みとどまりはしたけど、しばらく出てくんなって言われて、律儀にそれを守ってたらいつの間にやら医師免許取り消しだ。児童ポルノ法に違反したことになってたよ。もちろん異議を申し立てたが、聞く耳も持っちゃくれなかった」

「……そんな」

 あまりにもひどい話だ。

「医者といえば崇高な職業に聞こえるが、どうせ権力社会だ。権力者に逆らえば、何もやってなくたって潰されるんだよ」

「キタガミさんは……どうしてそんなに、偉い人の怒りを買ってしまったんですか?」

「俺が勤めてた病院は、はっきり言って腐りきってやがった」

 キタガミさんの声には微かな、けれども確かな怒気が感じられた。感情を持たないロボットのような印象がある人だったけれど、意外と内に秘める想いは熱い人なのかもしれない。

「命を選んでやがった。権力者やその親族、寄付という名の裏金をたくさん渡してくれる奴を優先した。どんなに軽微な症状であっても、重症の貧乏人を差し置いて助けるように言われていたんだ。同僚の医者たちも、多額の口止め料をもらっていたからそのとおりにした」

「それは……ひどい話ですね」

「ひどい話さ。俺は口止め料なんて汚いもん、受け取らなかった。人の命を選ぶなと叫んで、喚いて、何発ぶん殴られたか分かりやしねえ。告発はすぐに揉み消された。でも、声を上げ続ければ、いつか誰かが分かってくれると思っていた。青かったんだよ、俺も」

 キタガミさんの話を聞いていると、どうも今のキタガミさんと過去のキタガミさんの姿が重ならない。キタガミさんが語る過去の彼は、義憤に駆られた若く情熱的な男だ。けれども今のキタガミさんはどうだろう。すべてを諦めたような無気力で投げやりな姿勢。黒いことを許さなかったのに、今や闇医者となり、法に反する研究に身を預ける矛盾。

 理不尽にまみれた年月が、キタガミさんを変えてしまったのか。

「でも、よくそんな状況で、病院を追い出されませんでしたね」

「ちっ」

 キタガミさんは大きく舌打ちをすると、嘆息した。僕に怒ったのかと思ったが、そうではないようだ。自分自身への隠しきれぬ苛立ちが漏れたという感じだ。

「俺も、権力者の息子だったからだ。親父は有名な医者だった。まあ、今は勘当されているけどな」

 キタガミさんはずっと、権力と権力の間で板挟みになってきたのだ。それは、僕には想像もできない種類の息苦しさだったのだろう。

「俺が親父から勘当されたのは、さっき話した、お偉いさんに殴りかかるという出来事のせいだ。ありゃあ、今思い出しても腸が煮えくり返りそうになるがな。……でも、話さなければならないだろう。俺は、あの出来事を忘れるわけにはいかねえんだ」

 キタガミさんは自分に言い聞かせるように呟いた。それから、僕の目をしっかり見つめて、言った。

「聞いてくれ、タツ」

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