知らなければならない
「おい、タツ」
「あ、き、キタガミさん! こんなところで……」
「……下手な嘘をつくな。俺が車に乗ったときからずっと尾けてきてただろう」
「……バレてたんですか」
「当たり前だ。素人の尾行に気づかないわけねえだろ」
「バレていたのに、どうしてあんな場所へ行ったんですか。わざとですか」
むろん、あんな場所というのは明らかな暴力団事務所のことだ。
「わざとだ」
キタガミさんはあっけらかんと言い放つ。
「どうして……そんなことを」
「コンビニの時点で、バレてるぞって言おうかとも思ったんだがな。お前は、そろそろ知るべきかもしれないと思ったんだ。事務所まで来て、それからどうするかは決めてなかったが……たまたま、組員が出てきたから都合が良かったよ。俺が説明するより、実際に見たほうが、信じられんだろ」
僕は固唾を飲む。キタガミさんが、謎多き大人から、裏社会の人間に変わってしまった。
いや、もともとそうだったのだ。僕が、知らなかっただけだ。
「場所を変えるぞ」
キタガミさんは僕の返事も待たず、歩き出してしまった。僕は慌てて後を追う。
知らなければならない。
そんな強い気持ちに突き動かされていた。
キタガミさんが入ったのは、とあるネットカフェの一室だった。これまでの僕なら躊躇わずついていったろう。しかし、キタガミさんの身の上に疑念が生じている今、個室に二人きりというのはどうにも怖かった。受付の人に訝しがられながら、どうするべきかしばらく考えていたが、結局入ることにした。やはり、ここまで来て引くわけにはいかない。
キタガミさんはソファに腰掛けて、宙を睨んでいた。僕はおずおずと、テーブルを挟んだ向かい側に座る。
しばらくの間、重い沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは、キタガミさんだった。
「福岡は、ヤクザが多い町だ」
自分のような存在は珍しくない、とでも言いたいのだろうか。ヤクザが多いと話に聞いたことはあったが、普通に生きていればまず関わることはないだろう。
そこまで考えて、苦い思いが広がり、僕は顔を伏せた。僕は、生い立ちからして、普通ではないのだった。
「だから俺は、福岡に来た」
「えっ?」
予想外の言葉に、顔を上げる。
「福岡の人じゃないんですか」
「違う。俺は元は東京にいた。東京で外科医をやってたんだ」
東京――それも、内科医ではなく外科医だったのか。
いや、そもそも――
「どうして過去形なんです。キタガミさんは、今も医者でしょう」
「俺は、とっくのとうに医師免許はなくしてる。正確には医者じゃねえんだ。いわゆる闇医者ってやつだよ」
部屋に再び、沈黙が訪れた。




