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無知

「子どもって……僕のこと、ですよね」

 僕が言うと、実さんは曖昧に頷いた。

 衝撃的な内容に、僕は頭が真っ白になりそうだった。

 母の生い立ちなんて、今まで一度も聞いたことがなかった。ネグレクト家庭で育ったという事実も……。

「子どもが……辰徳くんが産まれたことで、二人はすれ違うようになった。文昭さんは我が子を非常に愛したけれど……姉は、そうではなかった。姉は、子どもを愛せなかった。どうしても、可愛いとは思えなかったそうなの」

 やはり僕は、母に愛されていなかったのか。

 分かっていたこととはいえ、改めて聞かされると、辛いものがある。

「けれど、そのぶんというわけじゃないけど、文昭さんは辰徳くんのことを本当に愛していたのよ。だから、文昭さんの優先順位は、自分から息子へと変わった。自分より、息子に健やかに、幸せに生きてほしいと思うようになったのね。そうして、辰徳くんのクローンをつくるに至った」

「でも……なんか、変じゃないですか?」

 僕には疑問が残った。

「変?」

「はい。僕は、父自身のクローンをつくるより、幼い僕のクローンをつくるほうが簡単だったんだと思っていました。科学的なことは分からないけど……そうなんだろうって。だからノリがつくられたんだって。だって、僕に健やかに生きてほしいなら、自分が長生きしたほうが、絶対いいじゃないですか?」

「それは……そうなんだけどね。どうなんだろうね……私には、文昭さんの思惑は分からないから。私はただ、文昭さんの言うとおりに研究を進めただけ」

 なんだか煮え切らない返事だったが、これ以上突き詰めたとて何か新しい答えは得られそうもない。

「……叔母さんは……結局、父の研究に協力したんですね。どうしてですか? 危ない橋を渡ることになるのに」

 実さんは、少し考えてから答えた。

「そうね。……タツくんは、恋をしたことはある?」

「恋ですか? まあ……人並みには」

「人並みじゃなくて、身を焦がすような、その他のすべてを犠牲にしてもいいと思えるような、そんな恋よ」

 実さんが何を言いたいのか、よく分からなかった。

「いえ。そういう経験はないです」

「……私はね、文昭さんにそういう恋をしたの。本音を言えば、クローン研究によって文昭さんに長生きをしてほしかった。けれど、文昭さんの意志は堅かったの。だから私は、心から愛した人が一生をかけてつくろうとしているものを、一緒につくろうと決めた。だから、こうして今も、文昭さんの遺志を継いで、キタガミさんから送られてくるデータを受け取ってここで研究して、タツくんやノリくんの様子を見守っているってわけ。……とはいえ、私が見ているのは数値ばかりだから、見守っているという意味ではキタガミさんのほうが、文昭さんの遺志を継いでいると言えるかもしれないわね」

 なるほど。キタガミさんが僕たちの健康診断で得たデータは、ここで詳細な解析が行われていたわけだ。確かに、キタガミさん一人ではデータを解析するのは無理だが、他の研究機関や医療機関に持ち込むわけにもいかない。当然といえば当然のことかもしれない。

 でも僕は、何も知らなかった。そんな当然のことさえも。

 母のことも、父のことも、実さんのことも、キタガミさんのことも。――ノリのことも。

 僕だけが何も知らない。僕以外の全員が、真実を知っていて、僕のことを騙そうとしているのではないか。そんな錯覚に襲われる。

「まあ、色々と身の上話をしてしまったけれど……私はノリくんの居場所も姉の現在も、よくは知らないの。力になれなくてごめんなさいね。でも、もしノリくんがここに来たとか、そういうことがあれば連絡するから。タツくん、電話番号を教えてくれる?」

「ああ……はい」

 僕は言われるがままに、実さんの番号を登録した。

 そうしている間にも、僕の中では、実さんとキタガミさんへの疑念が膨れ上がっていった。特に研究所や実さんのことを隠していたキタガミさんへの疑念は強かった。キタガミさんがノリを匿っているんじゃないのか。そんな想像までしてしまう。

「タツ、ぼんやりしてんじゃねえ。研究の邪魔になる。もう帰るぞ」

 もう既に歩き出しているキタガミさんの背中を追いながら、考える。

 キタガミさんは、一体何者なのだろう。

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