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実の回想 その二

「紹介したい人がいるから、久しぶりに会おう」

 姉の強い押しに負け、私は姉の予約した店で、ずいぶん久しぶりに姉と会うことになった。

 姉が予約した店は、ずいぶんと小洒落たイタリアンレストランだった。節約と勉強の日々だった私は、外食なんてファミレスの日替わりランチを食べるくらいで、こんなお店入ったこともない。

 城戸で予約している、と姉に言われていたので、店員さんにその名を伝えると個室に案内された。

 部屋に入ると、姉と見知らぬ男性が座っていた。姉は綺麗に化粧をして、派手ではないが高級そうなカーディガンを羽織り、髪にはパーマをあてていた。隣の男性は、知的そうな雰囲気だった。優しそうな目元。髭は一切生えていない。眼鏡がよく似合っている。年齢は姉と同じくらい。格好いいというより美しいというほうが似合う人だった。

 私は自分の身なりを恥じた。化粧っ気のない顔に、薄汚れた古着。貧乏人丸出しだ。この場にまるで合っていない。姉にはどう思われようと構わないが、この男性には貧乏だと思われたくなかった。もう遅いけれど。

「実、今、どうしてるの。生活、苦しいの? 大丈夫?」

 姉が心配そうな表情で言った。この態度の変わりようはなんだ。今までの姉なら、私には絶対、そんなことは言わなかった。

「全然、大丈夫だよ。ちょっとね、今日は急いで来たから、あんまり身支度できなかったけど」

 姉に同情されたくなくて、苦し紛れの強がりを言う。

「その人は?」

 私が訊くと、姉は待ってましたとばかりに話し始めた。恥ずかしそうにしているが、それは演技だ。自慢したいという気持ちが見え透いている。

「この人はね、文昭さんっていうの。友達の紹介でね。私、この人とこの間、結婚したのよ。ほんと、私なんかじゃ不釣り合いなくらい、すごい人なんだから。ねえ?」

「そんなことないよ。はじめまして、実さん。幸恵から話は聞いています。僕は幸恵の夫の文昭です。よろしくお願いします」

「ああ……どうも、わざわざ」

「それでね、わざわざ実に紹介しようと思ったのはね」

 姉が身を乗り出す。確かに、「わざわざ」だ。家族の顔合わせなら、母や、向こうの家族がいなければおかしい。私だけに挨拶をするというのは違和感がある。

「文昭さんね、科学者なのよ。実、科学者になりたいって言ってたじゃない?」

 科学者。そう言われてみると、科学者っぽいような気がする。私がやたらと文昭さんに惹かれるのは、彼が科学者だからか。科学者のオーラのようなものに、惹かれていたのだ。そうでなければ、義兄にこんなにも惹かれるなんて、おかしい。

「科学者の卵がいると聞いて、僕のほうが会ってみたくなったんです。人手不足の研究所がたくさんあるんですよ。もし働き先に困っているなら、どうかなと思いまして」

 願ってもない話だった。「いい話でしょう?」と、姉は得意げだ。姉は私にマウントを取りたかったのだろうな、と思う。私が姉を嫌いだから、穿った見方をしている部分もあるかもしれないけれど、少なくとも私に対する親切心というのではなかったはずだ。私と文昭さんが会ったとしても、私のような地味で貧乏な女を文昭さんが選ぶはずがないという自信もあったのだろう。

 でも、私はそれでも良かった。ずっと科学の道を夢見て、藻掻いて、けれども届かずに悔しい思いをしてきた。勉強ばかりしてきた私には人脈もなかったから、もう無理なのかと思い始めていた。それなのにまさか、大嫌いだった姉から繋がるとは。このとき初めて、私は姉がいて良かったと思ったのだった。

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