第六話 今際の際で
「あーあー、随分と逃げ足の速い奴だ。おかげで取り逃したな」
いつの間にか岩壁にもたれかかっていたシュンキが笑う。すぐさま剣を構えて臨戦体制に入る。
「あいつらはお前と関係ないやろ。こっからは俺とお前のタイマン勝負や」
「そうだなあ。その方が邪魔者が居なくて済む」
三白眼の力によって相変わらず気圧されそうになるが、コウヤは決して揺るがない。
「そもそもなんやねん三白眼って」
「俺が作った精神領域の一種さ。覇気を熱に変えて技の速度と威力を強化できる」
「へえ、『三白眼』ってそういう意味なんや」
「…………違う」
「は?じゃあどういうことやねん」
「引っかかるトコそこかよ」
どうやらコウヤは本気で「三白眼」が何か分かっていないようだ。今じゃないだろ、と流石にシュンキも呆れた。
(駄目だ。こんなことでペースを乱されるな。そうやって領域の隙を突いてくるかもしれない)
そう考えて軽く咳払いをする。もちろん、コウヤは純粋に三白眼そのものが何か知りたいだけであることを彼は知らない。
「さっきも言ったが、お前は俺の攻撃から絶対に逃げられない。この状況にいつまで耐えられるかな」
「俺は絶対逃げへんぞ。倍の威力で返すまでや」
「へえ……やってみろ」
互いにきっと睨み合ったのち、ほぼ同時に飛びかかった。
「樹嵐斬!!」
スピードで僅かに優ったコウヤが先に剣を振るう。刃筋に合わせて鋭い枝葉が舞う。対してシュンキは体勢を低くしてこれを躱し、そのまま下から銃口を向ける。
「鼠華火」
銃弾が隙間を縫うように火花を散らしながら飛んでくる。先程よりも速度の上がった攻撃に必死で喰らいつく。
「焔穿貫舞」
「荊刺蔓巻!」
互いの技の精度、スピード、そして強度が上がっていく。しかしその上がり幅は若干シュンキの方が優っているように思われる。体勢を立て直してもう一度斬りかかろうと間合いを取った時、不意にシュンキが言った。
「なあコウヤ、どうやって俺がこの力を手に入れたか知りたいか?」
コウヤの動きが止まる。その隙に撃ち込んでくる——わけではなかった。何食わぬ顔で切れた銃弾のリロードを始めた。
「そ、そんなんどうでも……」
「相変わらず嘘が下手だな。顔に書いてるぞ」
隠しきれない動揺を見透かされて焦ってしまう。対してシュンキは悠々と続けた。
「俺は最強の戦士になれる力が欲しかった。だからこの村を出て必死で稽古を積んだ。一日15時間、マガジンのストックが切れるまで撃ち続けた。でもそれじゃまだ足りなかった」
この隙に回復したいところだが呼吸は荒いまま落ち着けない。今現在彼の脳のリソースはシュンキの話を理解するのに精一杯だと言っている。ヒールも次第に弱化し始めたか、開きかけた傷が疼く。
「そこで俺は見つけたんだ。最強の力を手に入れる方法をな」
銃士は再び武器を構えた。銃口が炎で揺らめく。剣士は眼前に剣を突き刺し、防御体制を取ったまま動かない。
「俺はある日、王国の北東部にある街でコロシアムが開催されてるのを知った。そこで優勝すると『なんでも願い事を叶えてくれる』ってな。これだと思ったよ。俺はすぐに大会に申し込んだ」
「コロシアムって……まさか」
「ああ。プレイヤー同士が殺し合う大会だ」
「……っ!!」
「俺は順当に勝ち進んで……優勝した。ちゃんと鍛錬の成果が出たと思ったよ。でもやっぱりそれだけじゃ足りない。
『最強の戦士になりたい』
俺は願った。そして——最強の力を手にしたのさ」
「それが火影灼魂、なんか」
「正解」
パパパンッ、と銃を数発乱射する。もはや避けるのも精一杯なコウヤの肩を灼熱の弾が掠めていく。わざと軌道を外しているらしく各所の痛みに苦しめられる。
「それに、しても……どうやっ、て、その技を身につけたんや?ある日突然、出来るようになった、訳じゃないやろ」
「いやいや。その場で身についたんだよ。もちろん、使いこなすのとは話が別だけどな」
「ど、どういう、ことや……!」
そこでシュンキがニヤリと笑った。悪巧み、では済まないような恐ろしい笑みだ。背筋が凍った。その先の言葉が聞きたくなかった。そんな内心を踏みにじるように銃士は言い放った。
「俺は堕天使と契約を結んだ」
「は…………?」
完全に時間が止まってしまった。空も、地面も、焦げた木々も、自分達以外のものがすべて白く染まっていく。ただ目の前にいる人物だけが真っ黒に揺れている。息が詰まるような白さに、黒さに、絶望する。
「堕天使……?けいや、く……?何言って、」
「言葉通りの意味だよ。優勝して願いを伝えたら主催者が堕天使を召喚した。そいつと契約を結んだのさ。『代償』として心臓、あるいはそれと等価のものを差し出せば堕天の強力なパワーを授ける。そうしてこの力——火影灼魂を手に入れた」
相棒の告白に言葉が出なかった。ただ首を横に振ることしかできなかった。頭で理解してもどこかで「嘘だ」と叫ぶ自分が居る。シュンキがそんなことをするわけが——
「嘘じゃねえよ、事実だ。現に俺はこうして強くなった」
その真っ黒な瞳に光は宿っていなかった。どこまでも深く、吸い込まれそうな漆黒。その深淵には人間ではない何かが潜んでいるようだった。それでもコウヤは首を振る。もう涙すら流れない。
「そんな、そん、な……シュンキはそんな、ん、するわけ……」
「はあ……やれやれ。いい加減目を覚ませ」
溜め息に銃声が混じる。腕、脚、脇腹、あらゆる所から血が零れる。ついにはがくん、と頭を垂れた。それを見たシュンキは再び表情を消した。
「俺はお前を殺すために強くなった。それが現実なんだよ。いつまでもふわふわした夢見てんじゃねえ」
その声は恐ろしく冷徹だった。真冬のコンクリートの地面に叩きつけられる、そんな感覚。
人間——ではなくなった彼は、血だらけの相棒の額に銃を突きつけた。
「さよなら」
ああ。俺、死ぬんやな。
シュンキに撃たれて。
ずっと戦ってきた仲間に、
ずっと競ってきた好敵手に、
ずっと待ってた相棒に、
殺される。
勝てんかったかあ。
結構頑張ったんやけどな。
シュンキ強すぎるて。
しかもまだ余裕ありそうやもんな。
『シュンキを守れるのはお前しかおらんやろ!!』
誰やろ。
聞いたことある。
『お前が諦めてどうすんねん!!』
ああそうだ。
あおやんの声だ。
シュンキが出て行ったって知った時に凄い勢いで怒鳴られた。
あんなにブチギレてるとこ初めて見たからビビったわ。
『大丈夫やって。あいつは絶対戻ってくるから』
エイスケの声。
サシで酒飲んだ時、俺のこと慰めてくれたなあ。
そういえばあいつ、本当に戻って来たな。予言当たってるやん。
『お前が死んだら意味ないんだぞ?!』
これはユウト。
ついさっき——やけどだいぶ昔のことに思えるな。
あいつはどこまでも仲間想いやなあ。
『俺の使命は『お前を護ること』や』
これは?
……あ、俺か。
そんな事言った気もする。
今思えばカッコつけすぎやろ。
死ぬ間際なのに俺、めっちゃ落ち着いてるな。
みんなの言葉ばっか出てくる。
これが走馬灯ってやつなんかな。
『最期くらい暴れたれよ』
また俺の声がする。
こんな事言ったっけな。
『どうせ死ぬならやりたい事やってから死んだれ!』
違う。そんなセリフはない。
俺じゃない誰かが喋ってるんか?
『コウヤ、』
目の前に誰か現れた。
俺だ。
もう一人の俺が喋ってる。
なんか知らんけど笑ってる。
腹立つなあ。でも——
『まだいける』
そう言って背中をバシッと叩かれた。




