第九話 約束
黒煙が細々と立ちのぼっている。黒く染まった跡地は霞んで視界が悪い。爆心地から数km離れた平地で、ユウトが闘いの残穢を見つめていた。いつの間にかそばにいたエイスケが、ユウトの肩にそっと手を置く。
「……終わったんだよな」
「ああ。これで、全部」
「エイスケ、俺……」
「それ以上言うなよ。振り返っても……過去は過去だからな」
その瞳は僅かに潤んでいた。ユウトは俯いてその場から動けなかった。
とその時、
「おいお前ら!あれ見ろ!!」
蒼山がかなり焦った様子で駆け寄ってきた。
「……どれだよ」
「あそこ!爆発が起きた中心部!」
「俺目悪いから見えねえよ」
「ああもう……これ使え!」
半ば苛立った様子で持っていた双眼鏡をエイスケに渡した。
「どれどれ……」
仕方ないという風に覗き込んで跡地を見遣る。と、
「えっ……?」
ある箇所で手が止まった。そしてゆっくりと双眼鏡を下ろす。
「あれって……」
「間違いない、と思う」
「ほんとか……?嘘だろ……?!おいユウト!お前も見てみろ!!」
エイスケが興奮状態になり双眼鏡を差し出す。ユウトはそっと顔を上げ、少し躊躇ったのちに受け取った。そしてレンズ越しに覗く場所には、信じ難い光景があった。
「……コウヤ?」
シュンキが自爆した地点に、横たわる一つの人影が見えた。
「あんな爆発があったのに……人のかたちを保ってるのか?」
「いや、んなわけ……でも本当に……?」
「何ぼーっとしてんねん!いくぞ!!」
蒼山の怒号で我に返った二人は、彼の後を追いかけて走り出した。
焼け跡は思っていたよりも広かった。地面は黒く掠れ、草木は灰と化している。
そしてその中心部には確かに一人の人間がいた。側にはボロボロの剣と鞘が落ちていて、血塗れのままうつ伏せで倒れている。
「コウヤ!おいコウヤ!!しっかりしろ!!」
ユウトが咄嗟に駆け寄る。二人も追いついて周りにしゃがみ込んだ。蒼山が仰向けに転がして全身の傷を診た。
「死んでる……のか?」
「いや、まだ息はある。出血が酷いからこれさえ何とかなれば……」
「あおやんは回復使えないんか?」
「出来んくはないけど、ここまで酷い傷は厳しいな」
「そうか……」
エイスケと蒼山が話している傍ら、ユウトはコウヤの顔をじっと見つめていた。
「コウヤ、死ぬなよ……俺たち約束しただろ。いつか俺とお前で世界中を旅してやろうって。もしシュンキが帰ってきたらみんなで一緒に飯行こうって。だから……」
そこで言葉が詰まった。視界が歪む。
涙が頬を伝い、倒れた仲間の腕に落ちた。
その時、
「シュンキっ!!!」
いきなり上体がぐわんと跳ね上がった。
その反動でユウトの頭と衝突した。ゴン、っと鈍い音がする。
「「いったぁ!!!」」
「おい!!大丈夫か?!」
「おう、俺は大丈夫……」
「って……」
「「「コウヤ?!!」」」
全員が一斉に目を見開いた。あまりに突然の出来事に唖然とする三人。彼らを横目にコウヤは右手で額をさすっている。
「いててて……」
「お前、生き返ったのか?!」
「そんな急に動いたら出血が……って」
蒼山が脇腹の傷口に目をやると、先程まで染み出していたはずの血が止まっていた。どうなってるんだ、と小声で呟き呆然としている。
「ごめんなコウヤ、大丈夫か?」
「お、おう。俺の方こそごめんな」
「良かった、生きてた……」
ユウトは一気に身体の力が抜けて軽くふらついた。慌ててエイスケが支える。放心状態だったコウヤははっと我に返って叫んだ。
「シュンキは……っ!」
瞳に涙を浮かべたユウトが静かに首を振る。
「…………そうか」
「お前、この爆発でよく生き残ったな」
「そうやな、なんでやろ」
「自分でもわからんの?」
「うーーーん……心当たりがあるわけでもないしな」
「……もしかして、あれじゃね?」
エイスケが指差す先——シュンキの遺した拳銃の隣に、小さな十字架の飾りが落ちていた。焼け焦げてほとんど黒い炭になっているが、ほんの僅かに赤い光を放っていた。
「あ、これ…………」
「それは……?」
「……御守り。俺のオカンが昔、俺とシュンキにお揃いで作ってくれたんや。お互いの身になんかあっても、これ持ってたら神様が守ってくれるからって渡されて……」
コウヤは首にかけていた自分のペンダントを見せる。同じ十字架の形をしていた。酸化した血で黒ずんでいるものの、緑色に淡く発光している。
「これが俺を護ってくれたんかもな」
そして相棒のペンダントをそっと拾った。すると赤い光がゆっくりと弱まり、ついには完全に消えてしまった。
「シュンキ、お前もまだこれ持ってたんやな。ずっと大事にしようって約束、覚えてたんやな……
ごめん。俺、お前のこと護れんかったわ。お前に約束したのに。ほんまに……ほんまにごめんな…………」
三人はただ静かに、消え入りそうな彼の言葉を噛み締めていた。昇っていった仲間を想うように天を仰ぐ。静寂の隙間をそよ風が縫って吹き抜ける。
「……俺、なんか夢見てたんよな」
コウヤがぽつりと呟いた。
「夢?」
「夢っていうか、昔の記憶かもしれん」
そう言ってコウヤは目を閉じる。己が見た景色を追想するように。
ちょうど10年前のあの日。俺とシュンキが武器を持って初めてタイマンで戦った日。
俺はもともとパワーが無かったからボコボコにされた。それでも俺は悔しくて何度も勝負した。もう一回、次こそ勝つからって。まあ結果全敗やったけどな。
その日の稽古が全部終わって俺が地面に寝っ転がってるところに、シュンキが来て俺の顔を覗き込んだ。
「コウヤ、大丈夫か?」
俺はすぐに起き上がって返事した。
「おう!全然平気やで!」
「それなら良かった。俺の銃弾でお前が死んだらどうしようかと思って……」
「んなわけあるかぁ!俺はお前より強くなる男やからな!」
「はははっ、冗談だよ!ま、俺を越えようなんて100年早いけどなー」
「ぐぬぬ、見てろよ……いつか絶対にお前を倒したるからな!!」
そんないつも通りの会話で笑い合ってた。そしたらシュンキは俺にこんなことを言い出した。
「コウヤ、一個目標を決めねーか?」
「目標?」
「なにか目指すもんがあったらそれに向かって頑張れるだろ?」
「確かに!何がええかなー?」
「俺はもう決めてる」
「え?なんなん??」
「俺は……世界一強い奴になりたいんだ。誰にも負けない、大切な人を守れるような人間になりたい」
「世界一……か」
「コウヤはどうだ?」
「うーーーんむずいな……」
目標って言われると色々あった。「シュンキより強くなりたい」ってのはもちろんそうやし、「大金持ちになりたい」「結婚したい」とかも考えた。
俺は悩んだ。散々悩んだ結果、ある答えに辿り着いた。
「俺はシュンキと一緒に居れたらええなぁ」
「……っ!」
「今の生活がいっちゃん幸せやからな。シュンキと毎日稽古して、一緒に飯食って、しょうもない話で盛り上がる今の人生が。だからこの生活をずっと続けていくんが俺の目標かな」
「コウヤ……」
シュンキは最初びっくりしてたけど、その後照れくさそうに笑った。
「それは俺もそう思う」
「もちろん俺も世界一強い奴にはなりたいで?ただ俺の隣にはシュンキに居ってほしいんやって」
「……じゃあこうしないか?」
シュンキが人差し指を立てて言った。
「俺とお前で最強になって、頂上決戦をやるんだ」
「頂上決戦?」
「そう。一緒に切磋琢磨しながら強くなって、世界一強い奴らになる。それから二人でバトルするんだ。そしたらどっちの目標も達成できるだろ?」
「なるほど……面白そうやな!」
「よし決まりだ!二人で最強の戦士になってやろうぜ!!」
「おう!約束や!!!」
カチン、とお互いのペンダントを突き合わせて誓い合った。シュンキは太陽のような笑顔で、俺の手を握っていた。
「シュンキが自爆する寸前に、あいつと目が合ったんや」
「……あいつは——シュンキは泣いてたか?」
「いや、笑ってた。なんか哀しそうにも見えたけど……確かに笑ってた」
あの時の顔がコウヤの中でフラッシュバックする。
『ありがとう』
まるでそう伝えたかったみたいに。そしてまた眩い光の中に消えていった。
ゆっくりと目を開けて空を見上げる。立ち昇る煙が風に揺れている。焼けた木々の匂いが肺を満たす。大きく深呼吸をひとつ、そしてそっと笑ってみせた。
「元気でな、相棒」
(Fin)




