第5話 琥珀色の真実
深夜の後宮。蝋燭の光が揺れる廊下を、璃月は小瓶を手に静かに歩く。匂いが示す通り、犯人は再び動いている。柑橘の香り、油の匂い、微かな鉄味――全てが繋がり、後宮に潜む陰謀の輪郭を浮かび上がらせていた。
「璃月、今回は皇子を直接狙うかもしれない」
壬の低い声に、璃月は頷く。これまでの事件で得た香りの断片と、後宮内の動きを照らし合わせれば、犯人の次の行動は予測できる。
寝室に忍び込むと、予想通り、隠された小瓶が置かれていた。微かに漂う香りは、雪蓮妃の寝室で採取したものと完全に一致する。璃月は小瓶を慎重に採取し、匂いを分析する。柑橘の香り、鉄味、油……全ての痕跡が、犯人の手口と市中の密売ルートを指し示していた。
「これで、後宮内外の全容が見えた」
璃月は静かに息を整える。匂いの断片は、ただの痕跡ではない。犯人の存在、狙い、そして使用した薬の成分まで語っている。
その瞬間、背後から低い声がした。
「……そこで何をしている?」
振り向くと、闇の中に刺客の影が浮かぶ。小瓶を握る璃月に、鋭い視線が突き刺さる。匂いは濃く、緊張の色を帯びている。
「匂いが、嘘をつかない」
璃月は低く呟き、手にした小瓶を壬に手渡す。二人は素早く連携し、刺客を追い詰める。後宮の廊下に緊張が走る。
犯人は、密売組織に関わる後宮の貴人だった。理由は、後宮内外の権力争いを利用し、皇子をも操ろうとしたこと。璃月は匂いの断片から、犯人の行動を逆算し、ついに証拠となる薬の痕跡を押さえる。
「これで全て明らかです」
璃月の言葉に、白蔵は驚きとともに安堵の表情を見せる。後宮で起きた奇病、妃たちの不調、連続事件――全ての糸が、琥珀色の香りに導かれ繋がったのだ。
事件解決後、璃月は自室で小瓶を握りしめる。微かに残る柑橘の香りと鉄味が、彼女に告げる。後宮の闇を暴いた代償として、彼女の居場所は完全ではないかもしれない。しかし、香りが示す真実は、何ものにも代えがたい宝物だ。
壬が静かに部屋に入る。
「璃月、君の力なくして、ここまで辿り着けなかった」
璃月は小さく微笑む。
「匂いが導いてくれたのです。嘘をつかない、真実だけを」
窓の外には、帝都の夜景が広がる。香りと薬、血と陰謀――全てが混ざり合う後宮の闇を、少女は確かに照らした。琥珀色の光の中で、璃月は小瓶を胸に抱き、次なる日々に思いを馳せる。
「嘘は、香りで溶かせる――そう信じて、私は進む」
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