第4話 後宮に潜む影
深夜の後宮。蝋燭の炎が揺らぎ、壁に長い影を落としている。璃月は小さな手提げ袋を抱え、廊下を静かに進む。琥珀色の液体、小瓶に詰められた薬――匂いを手掛かりに真実を追う少女は、今や後宮の闇を知る存在となっていた。
「璃月様、こちらです」
壬の声に従い、璃月は指定された部屋に入る。そこには、先日の事件で関与した侍女たちが集められていた。表情には恐怖が漂い、匂いもまた緊張と汗の混じった複雑な香りを放つ。
「後宮内で、同じ香りを持つ者がまだ動いている。誰かが、妃や侍女、そして皇子を狙っている」
璃月は小瓶を揺らし、香りを嗅ぐ。微かに鉄味、柑橘の残り香、わずかな油の匂い。匂いの断片は、密売組織が後宮に侵入していることを示していた。
壬は低い声で言った。「つまり、犯人は後宮内部だけでなく、市中とも繋がっている……」
璃月は頷く。匂いの断片は、後宮に出入りする謎の貴人、そして薬の密売ルートを示していた。ここで迷えば、誰かが命を落とす――璃月の心は引き締まる。
翌朝、璃月は小瓶を手に、侍女の寝室を巡った。布の端、柱、階段――匂いの軌跡を辿るたび、密売組織の一部始終が浮かび上がる。微細な匂いの違いから、侵入者の体質や使った薬の種類まで推測できる。
「この薬……市中の特定の商人しか取り扱えないものだ」
白蔵が隣で驚く。璃月の観察眼は、後宮の常識を超えていた。
「君の推理力は確かだが、後宮内で行動するには危険すぎる」
璃月は小さく頷き、薬瓶の匂いを嗅ぐ。今日も匂いが、嘘と真実を教えてくれる――それだけが彼女の頼りだ。
夜、璃月は壬と共に密かに犯行現場を監視した。廊下に漂う微かな香り、金属の冷たい匂い、布の残り香……全てが繋がり、犯人の行動を絞り込む手掛かりとなる。影が動く。小瓶の匂いを頼りに追跡すると、後宮の奥、普段は立ち入れない部屋に辿り着いた。
部屋の中には、薬の小瓶が並び、計算されたように置かれている。匂いの断片は密売組織の痕跡そのものだ。璃月は息を潜め、慎重に小瓶を採取する。柑橘の香り、鉄味、油――全てが昨日と同じパターン。これで犯人の行動範囲を確定できる。
「璃月様、ここから先は危険です」
壬の声が耳元で低く響く。しかし璃月は微かに微笑む。「匂いが導いてくれる。嘘は必ず暴ける――」
その瞬間、背後で扉が音を立てる。影が差し込み、鋭い視線が二人を捉えた。琥珀色の薬瓶の匂いが、闇に溶け込み、後宮の陰謀の核心を告げる――。
璃月は小瓶を握りしめ、呼吸を整える。薬の匂いが、血と嘘の交差する後宮の闇を照らす唯一の光だ。今日もまた、少女は香りを頼りに真実を解き明かす。