第11話 休息の日と、諦めに似た決意と(1)
「おはようございます。サーリャ様」
目を開くと、パピーナが目の前に居た。
居たというよりは、一緒に横になっている。
彼女の髪は胸の辺りまであったらしく、クセ毛のそれが膨らみに掛かっていて、妙な色気を感じた。
「お……おはよう、パピーナ」
見れば大きなベッドで、二人で寝ていても十分過ぎるほどに広々している。
そのベッドが悠々《ゆうゆう》と置ける部屋で――頭だけをぐるりと動かした視界いっぱい――豪華な調度品が置かれているのに、うるさくない。
そして頭を良い位置に戻すと、やっぱり、このベッドはとても寝心地がいい。
このままもっと、まどろんでいたい。
「って、わたし、ずっとパピーナの手を握ってたの?」
温かいものにずっと触れている気がして、だけどそれは、私がパピーナを離さずに眠っていたから――らしかった。
「はい。寝顔がとてもお可愛くて、失礼かと思ったんですけど、ずっと見ちゃってました。もっと年が離れていると思っていたのですが、寝顔を見るとあどけなさもあって。美人で可愛いとか、素敵すぎます」
「ご、ごめんなさい。離してくれてよかったのに……。それと、褒め過ぎよ。あと年はたぶん、そんなに変わらないと思う。私は十六。パピーナは?」
「わぁ、ほんとに近いですね。十四歳です。ここには大人の人しか居なかったので、なんだか嬉しいです」
この子の屈託のない可愛さは……何かに似ていると思ったら、子犬だ。
なぜか絶対の信頼を置いて懐いてくれる。
そういう、誰もが愛したくなる子犬に似ているんだ。
「お目覚めにお茶を淹れますね。もう少しゆっくりなさってください」
「あ、私も何か、掃除とか手伝います」
子犬と違うのは、私よりも気が利いてしっかり者なところ……。
そこに甘えていないで、私も何か仕事を探して手伝わないと。
「えっ。いえいえ! サーリャ様は何もなさらなくていいんですよ。おくつろぎください。それに……私なんかに、丁寧にお話なさらずとも良いのですよ」
「でも……私もただの町娘よ。パピーナこそ敬語なんてやめて、もっと普通に話してよ」
「そ、そんなことできません。魔王様のお妃様ですから」
その言葉を聞いて、一気に現実に引き戻された。
今ここに私が居る理由は、魔王と夫婦になるためだった。
「……やっぱり、あの人と結婚……する事になるのね」
「アハハ……そう、なりますよねぇ。勝手に攫ってしまった事、魔王様に代わってお詫びいたします。ただ……少しだけ、どんなお方なのか様子を見てみてはいただけないでしょうか。それでもやっぱりお嫌なら、私、この身に変えても逃がしていただけるように、魔王様にお話をします」
魔王は、信頼されているらしい。
だけど、意にそぐわないことは、さすがに無理じゃないだろうか。
「そんなことして、パピーナは大丈夫なの? 逆らったりしたら……」
「だ、大丈夫ですよぉ。それにサーリャ様の尊厳を、無下になさるお方ではないですから」
……そこは同意しかねるわね。
「んっと……攫ってきて首輪を付けた事は、どう考えればいいのかしら」
こればっかりはちょっと、どうしても腑に落ちないんだもの。
「そそそそそれは、その、大事に思うあまりというか、そういう……束縛的な? ものだと思うので、それももう少しだけ、様子を見ていただきたくぅ……」
――慌てふためいちゃって、可愛い。
意見が合わなくても、あわあわと焦る姿を見ていると憎めなくなってしまう。
「フフッ。どうしてそんなに魔王を庇うの?」
「それは……だって、人攫いまでして女性を連れ帰るなんて、そんな酷いことをするお方じゃなかったので、よほどのことなのかなと」
――一応は、酷い事だとは思ってくれてるんだ。
「元々は、あの王国で隠し子が――あっ、すみません! その、召し上げられた女の子が居て、どうも政略結婚に使うためだという情報を手にしておられて。それがついに婚約の宴が開かれると聞いて、どんな事態になるのかと見定めに行かれただけだったんです」
「偵察、みたいな?」
「どちらかというと、興味本位だと思います。魔族は好奇心が強いので」
「そうなんだ……」
「だからほんとは、サーリャ様を攫う予定なんて全くなくて。我々も本当に驚いたんです。それがお帰りになられた開口一番に、『妻にする』ですからね。よっぽど一目惚れなさったんだなぁと。それなら、お仕えする身としましては、心から応援したくてですね……」
やっぱり、人間を攫うことに対しての罪悪感が、この人達にはほとんどないらしい。
もしくは、信じ難いことではあるけれど、この魔王城や魔族の国に居る方が、より良い生活が出来るという考えが、根底にあるから……とか?
人が野良猫を拾ってきて、『うちで飼う方が幸せに出来る』と勝手に思い込むのと、同じなのかもしれない。
まぁ……ほとんどの場合で、飼われた方が猫の顔も、やわらかで安心しきった表情になっているけれど。
それと同じ感覚だとすれば、私を攫ってきたこと自体には「ようこそいらっしゃい。うちの子になろうね」程度の気持ちしか持っていない気がするのも、頷ける。
「その、サーリャ様にはご迷惑だと思うのですが……。私も、もうサーリャ様にお仕えするのが楽しくて、居なくなってほしくないというか……。あぁっ! 身勝手なことを言ってすみません!」
――私の考えは、あながち間違っていないようね……。
拾って来た猫に対して、丁寧に話している飼い主だという方が、違和感がなさすぎる。
というか、もうそうだとしか思えない。
「サーリャ様はやっぱり、故郷に帰りたいですか? あ、そういえばご両親とか、いらっしゃいますよね。すみません……」
「あ~……ううん。父親は知っての通り私を殺そうとしたところだし、母親は二年前に置手紙を残して居なくなっちゃったの。港町が故郷だし帰りたいけど……。王国に私が居る場所なんて、きっともう無いから」
――言っていて理解した。
そっか、私にはもう、帰れる故郷なんて……無いんだ。
私が居ると王国にバレたら、周りの人達も、もしかしたら町ごと、どうにかされちゃうだろうし。
私のせいで人が死ぬなんて、絶対に無理。
――そんなの、耐えられない。
「サーリャ様?」
「……なんでもない。帰る場所はないから、ここに居ることにする。魔王と結婚するかは分かんない……いや、逆らえるわけないか。それだって、元々は政略結婚させられる所だったんだしね」
自分ではどうしようもない流れだった。
話せば話すほど、私に自由なんて、もう無かったんだなって実感する。
――もしかしたら、そういう運命だったのかもしれない。
おかあさんが居なくなってから、嫌な流れだなって、思っていたのよね。
「好きな方が……いらっしゃったとか?」
「え? あぁ、ううん。初恋もまだ。周りにはおっさんしか居なかったしね。アハハハ」
港町では、おじさんとおばさんに囲まれていて、子供も沢山いたけど、同年代の子は近付いてこなかったっけ。
「私、モテなかったのよ。おかあさんとパン屋をしてて、看板娘だなんて言われてたけど。話しかけてくれるのはおじさんおばさんばっかり。おかあさんの方がモテモテだった」
「それって高嶺の……フフフ。いえ、なんでもありません。そうだ、朝食のことをすっかり忘れていました。と言っても、もうお昼過ぎてますけどね」
「え、私ってそんなに寝てたの?」
「昨日は大変だったでしょうから。お疲れが出たんでしょう」
食事の話を出されたら、急にお腹が減ってきた。
昨日はあんなに食べたのに、お腹を下したりもどしたりするどころか、とても調子がいい。
美味しかった。それに、食べても、大丈夫なんだ――。
こんなに嬉しい食事があるだろうかと、それこそ夢でも見ているみたいな心地がする。
「今日も、あんなに美味しいものが食べられるの? でも贅沢よね?」
期待の方が強い。
けれど、やっぱり私なんかが、ご馳走をそう何度も食べていいはずがない。
「何を仰ってるんです。全部サーリャ様のためのお食事ですよ。それよりも、薬草もふんだんに使っていましたけど、苦くなかったですか?」
「そうなの? ぜんぜん気付かなかった。ただただ美味しくって……。えへへ、食いしん坊みたいで恥ずかしいなぁ」
そんなのどかな話をしていると、扉がノックされた。
二人だけの世界みたいに感じていたから、心臓が飛び跳ねたかと思うくらいに、ドキリとしてしまった。
「サーリャは居るか」
その声に、心拍数も跳ね上がっていく。
私は今、魔王城に居るというのに心底から油断していた。




