第1話 その過程は全て、罪を着せる生贄のため
広くて天井の高い真っ白な式場には、きらびやかな装飾と二種類の国旗たち、そして豪華な食事が並ぶ。
それぞれの長テーブルには、王国とその隣国の重鎮達が整列して、固唾を飲んで私の登場を待っていた。
――同盟と、その絆を強固にするための、婚約の式典。
初めて着せてもらった豪華な白のドレスとヴェールに、私がまだ、胸を弾ませて喜んでいた儚い時間。
夫となる人と、私が初めて顔を合わせた時にそれは起きてしまった。
よく考えてみれば、起こるべくして起きたそれは、そのまま我が身の危機へと早変わりして降りかかった。
父である国王に激高され、私はまさかの言葉を聞く。
「この痴れ者めが! サーリャ! 貴様、魔力が使えぬフリをしてまで婚約を破談にするか! 隣国との同盟破棄に等しいこの謀反行為! 貴様には死罪を宣告する!」
彫りの深いひげ面の、まだまだ油のたぎるような野心深い顔が、怒りに目を吊り上げている。
深紅のマントを片方の腕で大袈裟に払い広げ、最初からそういう演技をするつもりだったかのように。
引っ捕らえろという国王の怒鳴り声と同時に、壁前の置き物かと思っていた甲冑達が、意表を突く速さで動き出して私を取り囲んだ。
その屈強なロイヤルナイト達に、私は左右から両の腕を後ろに捻り上げられ、床に這いつくばらされる。
厚みのある赤い絨毯でさえ、男に頭を押し付けられると顔の骨が軋んだ。
痛みに耐え、うめき声が出そうになったのも我慢して上目に国王を見ると、頬を引きつらせている……。
「ひどい……私は……最初から使えないって、言ってたのに……」
声にならない声は、辺りのざわつきに消された。
強い魔力持ちだ。などと隣国に嘘をついていたのは、この、国王なのに――。
**
今、このザールヴィア王国の王城では、隣国と同盟を結ぶ証として、その王子と私の婚約パーティが開催されていた。
平たく言えば、政略結婚。
父である国王は、何度も私に言い聞かせた。
「お前の役目を果たせよ? サーリャ。お前の妹であるクレアを護るために、隣国に嫁ぐのだ」
その隣国に対して、私が王族たるゆえんの強い魔力を扱える、という嘘をついて。
向こうに着いてからバレたとしても、環境が変わったせいで病になったとでも言えと、私をクレアの身代わりにした。
本妻である王妃との子、クレアは他所の国に嫁がせたくないからと、庶子である私を利用しようとして。
私は、二年前まで港町で過ごしていた、ただの町娘だ。
元々は、エルフではないかとウワサされるくらいに美人なおかあさんと、二人暮らしでパン屋をしていた。
そのおかあさんは四年前に突然、簡単な手紙を置いて、私を残して出て行ってしまった。
当時の私は、十二歳。
『私の可愛いサーリャなら大丈夫だから、お店を任せるわね。おかあさんはちょっと、急に町を離れないといけなくなったの。あなたを残していくのを許して。また会えるから、強く生きるのよ』
それを見た時は、ショックで半日くらい、立ち尽くしたまま呆然としていた。
悪気のない、いつもの口調そのままの手紙は、きっと本気でそう思って書いたのだろう。
なんとか気を取り直した私は、「こんな無責任なおかあさんが、崇高で気高いエルフなワケないじゃない」と、初めて本気でおかあさんの悪口を言った。
そこから二年ほど。十四歳になった頃に、ようやく一人で生きるのに慣れてきたところで、数人の役人と兵士がやってきて、私にこう告げた。
「サーリャ様。あなたは現国王の庶子にあらせられる。我々とご同行願います」
その言葉遣いとはうらはらに、声や態度に、蔑みが滲み出ていたのをよく覚えている。
「町一番の看板娘と言われるだけあって、容姿だけは美しいな」と、小声で言ったつもりだろうけどちゃんと聞こえていた。
その後に続けた、「娼婦の娘のくせに」と吐き捨てたのも。
ものすごく腹が立ったけど、町娘根性が刷り込まれているせいか、何も言い返せなかった。
もし感情に任せて文句を言って、私だけじゃなくて町の人にも迷惑が掛かったら、どうしようと思ったから。
ただ、おかあさんのことを娼婦と罵られたのに、黙っていた自分を悔やんだ。
それにしても……父親は居ないと言われていたのに、それが国王だなんて。
悪政とまでは言わないけれど、きわどい事なら平気でする国王。
野心家で、魔王の国にちょっかいをかけて、負け戦をした国王。
かなりの大軍で挙兵した全体の、三分の一を失ったらしい。
……とにかく彼らは、港町でパン屋をしていただけの私を……嫌がる私を、無理矢理連れ出した。
「王宮にお越しいただけないならば、港町がどうなっても知りませんよ?」と。
それから十六歳までの二年間、王女としての教育を詰め込まれた。
しごきと言っていいキツさだったけれど、それはまだマシな方だった。
妹だという一歳違いのクレアからは、しこたまいじめられたから。
見た目は気品のある可愛らしい子なのに、性格は最悪だった。
初めましての挨拶代わりに、「無駄な美貌には下品な胸がお似合いね。さすが娼婦の娘なだけあるわね」と言われたくらいには。
「その年ですでに、顔と胸で男を釣るのが得意だそうね」と、しつこさも併せ持っている。
悪口と水をかけられるくらいは、まだ良い方で……階段から突き落とされた事もあった。
腕を骨折して、さすがにそれは国王も怒ってくれたけど……。
「身代わりを殺しては本末転倒だろう」と、クレアにささやいているのが聞こえた時に全て諦めた。
他には、兄が二人いたけれど似たようなものだったし、私はただの身代わり人形なのだと、王宮に来て数カ月の間で理解する事になった。
上の兄はゴミを見るような目をするだけだったけれど、二番目の兄は、クレアと一緒になって嫌がらせをする。
侍女達も、頭は下げても目で蔑む。
「見た目は良くても、礼儀作法ひとつ満足に出来ないじゃない」と、陰口をたたく。
味方の居ない生活は、私の心を打ち砕いていった。
港町に帰りたいと、ずっと思っていた。
町の皆は、いつも良くしてくれていたから余計に、本当に辛い毎日だった。
……そんな想いも、この政略結婚のせいで二度と戻れなくなってしまうんだと、死んでしまいたいくらいの気持ちでいた。
しかも、私は魔力なんて使えないのに、国でも一、二を争うほどだなんて、嘘のうわさまで流して。
隣国に嫁いだ後でバレたら、きっと本当に殺される。
死んでしまいたいのと、本当に命の危機なのとは、求めている方向性が違うのに。
私はただ、儚く散ってしまいたいとか、そういう……概念的な死んでしまいたい気持ちなだけだったのに。
だけど、この婚約パーティの時点で、速攻でバレてしまった。
王宮の敷地の一画にある祭式場、その絢爛豪華な婚約式の、初顔合わせという一番に盛り上がるシーンで。
国王と王家一族、そして国内の上流貴族達と……婚約相手である隣国の王子、そのお付きの、おそらくはとても偉い皆々様とが一堂に並び、私と王子を凝視するその中で開口一番に、言われてしまった。
「サーリャ姫よ。そのヴェールで顔を隠そうとも、魔力の片鱗さえ無いのはお見通しだぞ。貴様ら……我が国を愚弄するか。こんな婚約など無効だ! 無論、同盟もな!」
――終わった。
初めて着せてもらった豪華な白のドレスと、もったいぶらせるためなのか厚めの白いヴェールが、逆にみじめなものに思えてしまう。
しかも、ヴェールのせいで周りもよく見えなくて、皆が私を嘲笑っているように感じてしまう。
――逃げ出したい。
そんな事を思っている間に、彼は続けて、国王に向き直ってこう言った。
「サールヴィアの国王よ! 我等を謀ったこの罪、いかに償うつもりか!」
まさかいきなり、見破られてしまうだなんて。
……だけど、これで隣国行きは免れたのではと期待が膨らんでゆく。
向こうでバレて、無惨に殺される運命はなくなったのでは? と。
――そう簡単に考えていた瞬間が、愚かにもありました。
**
「そんなはずは! まさかサーリャ貴様! 魔力消失の毒薬を飲んだのか! この土壇場でワシの顔に、しいてはこの両国と民に、泥を塗るか!」
「――な、何を言って……」
そんな毒薬なんて知らない。
そもそも、魔力があるなんて嘘をついたのは、国王なのに。
「この痴れ者めが! サーリァ! 貴様、魔力が使えぬフリをしてまで婚約を破談にするか! 隣国との同盟破棄に等しいこの謀反行為! 貴様には死罪を宣告する!」
そんな――最初からどうなろうとも私に罪を着せようと、そういう魂胆だったなんて。
隣国でどうこうなる前に、この国で死を告げられるとは、本当に思ってもみなかった。
ロイヤルナイトに組み敷かれたまま、私は悔しくて――呪ってやりたくて、めくれたヴェールの隙間から、国王を睨みつけてやった。
最後に私が出来る、たったひとつの仕返しだ。
「すぐさまその首を刎ねよ!」
――えっ?
――いま、ここで?
「なんで……そんなひどいことが……」
国王――。もしも生まれ変わったら、あなたも同じ目にあわせてやるんだから。
私から……寂しくても幸せで楽しかった、あの港町での生活を奪ったあなたを――絶対に許さない。




