表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

浅葱の子 開くツバメの ダイアリー


……………………


  読んで!

  書いて!


……………………


 とにかく目立てばいい。

 と思ったわりには(アイ)が赤サインペンで描いた文字は存在感がない。地味。もともとこのノート自体も地味だ。薄ネズミの地色に黒い背紙。

 まあいいか、とにかく学習机の真ん中に置けば、みんな気づいてくれるだろうと彼女は気を取り直す。


 ツバメノート社製の分厚(ぶあつ)帳面(ちょうめん)の表紙に少し折り目をつけてめくり、薄墨(うすずみ)のヨコケイが並ぶ最初のページを広げる。

 B5版でページ数は百ページ。大塚駅前の本屋兼文具店の売り場にあるもので、一番ページ数が多いノートを選んだ。いつまで続けられるかわからないけど、途中でページが足りなくなってウヤムヤに終えたくはなかった。


 藍は、1.0ミリのボールペンで最初の一文字を書く。いつもそうだが、新品のノートに初めて書きこむとき、少し緊張するし慎重にもなる。  

 もっとも書き始めて三ページ目ぐらいになると、字は雑に、ノートの扱いも乱暴になるけれど……食べかすやソースのシミなんかもつけたり。


 脱・三日坊主、

 脱・三ページ坊主。


 それが藍、いや藍たち五人の、超・最低限の目標。



…………

2025年3月23日(日)20時 


天気は曇り。少し寒かった。体調はまあまあかな。


 まずお礼。

 このノートを開いてくれて、ありがとう!


 あ、これ、だれに読んで欲しいかというと、あなたたち、私の中にいる四人です。


 ごめん、あいさつ忘れてた。藤崎 藍(ふじさき あい)です。

 髪は浅葱(あさぎ)色だけど、名前は藍。

 もっとも、みんなだって「表」に出てきたら、藤崎 藍だけどね。


 今、誰が読んでくれてるのかわからないけど、ぜひみんなに伝えたくってペンをとりました。最初はちょっと長くなるけど、おしまいまで読んで欲しいな。なるべく読みやすい字で書くから。


 まず、なんでこんなの書いてるか? っていうところからよね。


 これは、私たち五人の『交換日記』です。

 覚えてるかな? 去年の暮れに私たち、日めくりの裏紙でメッセージをやりとりしたでしょ? ナツがね、これいいね、もっとちゃんとやろうよって書いてくれてたじゃない? だからノートを買って始めてみることにしました。



 交換日記、知ってる?

 ググってみたけど、昭和の昔はね、中高生のカップルが会えないときに、その日にあったことなんかを相手に伝えたくて書くのが流行ったみたい。平成になると、女の子どうしで日記を交換したり、仲好しグループで順番に書いたり読んだりしてたらしいよ。好きなアイドルのこととか、恋バナとか、悩みごととか。


 そうそう、なんでこんなこと始めたか? だったね。


 これから私たちだけで、生き抜いていくため。

 それには、みんなの考えや身の回りで起きたことを共有しておくこと必要なんだ。お互いにね。

 わかってると思うけど、私、いや私たちはみんな「藤崎 藍」という体の中にいて、かわりばんこに「表」に出てくる。でも、出てきている子以外は、その間何が起きてるのかわからないよね。小中学生のころは、先生もフォローしてくれたし、ケイばーばもクニじいも守ってくれてたから、なんとかなったけど、高校に入ると、そうもいかなくなってきたんだ。

 あ、この話の流れで、大事なこと伝えておくね。


 今まで通っていた三ノ谷(さんのたに)高をやめました。四月から、池袋の通信制高校に通う手続きを済ませたばかり。今度行く学校は、好きなときに教室に行って好きな授業受けて、あとは家で通信講座をやればOK。さすがに毎日学校に通うのは、きついかなと思って。ほかにスクーリングと体育とかはあるけどね。

 地図とか時間割とか教材とか、緑の封筒に入れてブックエンドに立ててあります。もし、朝起きたときに自分が表に出ていて、気が向いたら行ってみて。一応、通信高の先生には「私たちのこと」は話してあるから大丈夫だと思う。でも、調子が悪いときは、ほんと無理しないで。

 私服でOKだよ。この学校、「選べる、なんちゃって制服」っていうのがあるけど、別に買わなくてもいいよね?


 勝手に三ノ谷高をやめて、別の学校に行くことにしちゃって、ごめんなさい。でも、今の私たちのことを考えると、これが一番いいかなって思う。


 学校をやめたのと、祖父母が施設に入ったこと、「ぜんぶ自分のせいだ」って責任を感じてる子がいるかもだけど、そうじゃないから。なんにも悪くないよ。だって、私のためにしてくれたことなんだし。だから全然気にしないで。


 長くなっちゃったけど、もうちょっとだけ。

 この日記のことでお願いしたいことを書いとく。


 自分が出たときは、ちょっとでもいいから、その間の出来事や伝えたいことを書いといてね。あと、書いた子の名前と日付と天気と「そのときの気分」も。メンタルクリニックの斉藤先生の話だと、天気が心や体にすごく関係するので、記録をとっておくと自分でいろいろ対策しやすいんだって。

 それから「今どきこういうことするの、スマホのチャットとかでいいんじゃない?」と思うかもだけど、どうやらね、私たちの中にスマホをほとんどいじらない子がいるのよね。だれとは言わないけど。

 でも、このノートなら気軽に書けるでしょ? パラパラめくってすぐに読めるし。

 だからご協力、よろしくお願いします!


 あと、お願いをもう一つ。

 私たちの間にプライバシーというものがあるのかわからないけど、隠し事はしないでほしい。今までの経験からいって、いつかどこかでわかっちゃうことだし。わかったときには取り返しのつかないことになっているかもだし。だからね、お願い。


 この交換日記の記入者第一号、アイからは以上です。

 最後に、一人ひとりに一言ずつ。名前も書いておく。これであってると思うけど、もし違ってたら、ヨコ線引いて直しといてね。


 香奈(カナ)


 夢の中で見たあなたの髪型は、輝く白のセミロング。

 いつも、逃げてしまう私のことをかばってくれて、代わりに矢オモテに立ってくれてありがとう。でも、あなたの方がまいっちゃわないか心配。だから無茶はしないでね。


 紗友(サユ)


 髪型は、映える赤のウルフカット。

 私に勇気がないばっかりに、いつも損な役をやらせちゃってごめんなさい。


 (タク)


 あなたは淡い黄色のベリーショート。

 タクにとっては女の子の中にいるのはしんどいと思うけど、どうしてもあげられなくてごめん。

 せめて、グチはこのノートにどんどん書いてね。


 菜津(ナツ)


 髪は桜色のセミロングかな。

 ごめん、実はナツからメールもらうまで、あなたのこと、気づかなかった。いつの間にかそばにいてくれてフォローしてくれて。ほんと助かっています。


 みんな、これからもよろしくお願いね。

                    

 藤崎 藍より

…………




 藍はペン立てに、ボールペンのほか、七色のサインペン、シャーペン、赤と黒のマーキーを追加し、みんなが好きなものを選んで書けるようにした。

 三月の夜更けはスエットでも寒い。書き終えたノートを机の真ん中に置き、布団に潜る。

 部屋の大きさに不釣り合いなサイズのベッドが一人寝の寒さを助長する。掛け布団や毛布を自分の体温で暖めるのに時間がかかった。このベッドは、藍が引き取られるときに、ワガママを言ってここに運びこんでもらった。母親と一緒に寝ていたベッドだから。


 かわりばんこで日記をつけるのじゃなくて、本当はみんな一緒に話をしたい、そう思いながら藍は目を閉じた。



 〇


 これって、オレの夢? 現実?


 転校して去ったはずの教室で、オレは二人の女子生徒をかわりばんこにニラんでいる。ユキとリサ。LINEイジメの主犯の奴らだ。


「え!? アイ? なんであんたここにいんのよ。もう転校したんじゃないの?」

「ああ、その通りだ。だけどオレが転校した高校、今日は授業がないからな……それからオレは、アイじゃない、サユだ」

「はあ? わけわかんない……で、なにしに来たのよ?」

「お前ら二人に用はない。ただ、クラスのみんなに話しに来ただけだ」

 オレは、自分とイジメの首謀者二人を囲む女子生徒をぐるりと見回す。

「みんな聞いてくれ。ハブにされるのが怖いからコイツらの言いなりになってんだろうが、お前らも立派な共犯者だ。いつかしっぺ返しを食らうからな。そんときは、目一杯苦しめ!」

 教室のドアをバンと閉めて出ていくオレ。


 〇


 夢から醒めると、オレンジ色の常夜灯が天井にポツンと光っているのが紗友(さゆ)の目に入った。


 動悸と感情の高ぶりが今も冷めやらない。

 上体を起こし、室内を見回す。薄明りのなか、机の上に見慣れないノートがあることに気づき、手を伸ばしてページをめくる。

 蛍光灯を()け一通り読み、学習机の椅子に座ると、黒のマーキーを握った。


 〇


 翌朝。

 藍はベッドから起き上がり、机の上を見る。ノートの位置がずれていた。表紙に大きく黒マジックの文字が書き加えられている。


『5色のツバメのダイアリー』


 よく見るとサインペンでイラストも描き添えられている。


 夜中、誰かが私と入れ替わった? その自覚は無かった。

 ノートを手に取り、再びベッドに潜る。自分で書いたページの先に、跡が残るくらい筆圧強く、シャーペンで書き込まれていた。


…………

3月24日(月) 夜2時ごろ。 サユより


 なんか目が覚めた。わりとスカッとするユメを見たが、気分はイマイチだな。


 アイが知ってるかわかんないけどオレ、時々夜中に目が覚めてこっちに出ている。ねむい。だからコレ書いたらまたねる。朝はまたアイに戻ってるはずだ。


 交換日記か。ミョーなこと始めたな。

 せっかくだから、表紙に日記の名前つけて書いといた。ツバメノートの日記だから、「5色のツバメのダイアリー」。安易か? でも、もう書いちゃったからな。オレたち髪の色、みんなちがうみたいだから、5色でイラストつけた。カラフルだろ。

 ツバメはあちこち飛んで渡って、毎年同じ場所に帰ってくるっていうからさ。なんかオレたちっぽいし。

 ああオレ、真夜中にこんなもん書くから、ちょっとハズいこと言ってるな。


 で、アイ。

 やっぱ高校やめたんだな。


 悪かった。

 オレのせいじゃない、悪くないって書いてくれたけど、やっぱ、どう考えてもオレのせいだわ。


 オレ、アイが傷つけられるのを感じたら、理性が吹き飛んじまうんだ。

 すまない。みんなにもあやまる。


 また書く。

 じゃあな。

…………



 藍の次に日記をつけたのは、紗友だった。


 実は『スマホを使わない子』は彼女だったので、最初に書いてくれて藍はホッとした。

 あと、香奈、拓、菜津も続いてくれたらなあ、と願う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ