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(アウトロ)メロディーに メモリー乗せて 五羽は舞い


「藤崎さん、お疲れ。少し休もうか」


 私がA4の封筒に入れた入学案内資料を机の上に揃えていたら、ローテーブルに紙コップを置いて高山先生が声をかけてくれた。


 テーブルの上の大きな皿には和菓子が載っている。

「ありがとうございます。これ、すずめやのどら焼きですね」

「さすがよく知ってるね。すぐ品切れになっちゃうらしいんだけど、教務主任がゲットしてくれたんだ」

 どうぞとすすめられ、ひとつ手にとる。ビニールの包装を開け、一口ほおばる。皮が柔らかく甘い。お茶にあうし、一仕事したあとにはぴったりだ。


「バイト、毎日のように入ってくれてありがとね。問い合わせメールが入ったら、すぐに連絡して案内書を送りたいので助かるわ」

「いえ、他にやることもないし、私も気が紛れて助かってます」

「そうねえ、『相棒』の香月さんがアメリカに行っちゃったし、ちょっと淋しいよね」

「香月さん?」

「あ、ごめんメモリーさんのこと。この間、転出届けの書類をもらったとき、やっと苗字を確かめられたんだ」

「そうだったんですか……じやあ、フルネームは『香月メモリー』ですか?」

「そう書いてあったけど、本名だかどうだか」

 先生はフフっと笑ってお茶を口に含んだ。


 少し迷い、私はバッグの中から厚いノートを取り出す。

 サユが命名した『5色のツバメのダイアリー』。

「あのこれ、私たちでつけている日記なんです」

 高山先生は灰色の表紙に書かれている文字を目で追う。

「ああ、そういえば藤崎さん、みんなと日記つけてるって話してくれたよね。これがそれか」

「はい。ノートの半分も書けてないですけど……よかったら、一番最後のページ、読んでもらえますか?」

 そのページを開いて差しだした。

「いいの?」

「先生には、ぜひ」

「ありがとう……では」


 先生はやや長めの日記文を黙読する。

 その間、私はメモリーとの別れの日を回想する。


 〇


 十二月十一日。日めくりには、

 "相手のいない喧嘩はできぬ"

 と書いてあった。


 家の表で車の静かなエンジン音が聞こえた。居間にいたメモリーのスマホが鳴る。


「そんじゃ、迎えに来てくれはったみたいなんで、行くわ」

 そっけなく言って彼女はソファから立ち上がった。ペパーミントグリーンのスーツケースとピンクのでかいショルダーバッグは玄関の土間に置いてある。


 彼女はバッグを背負い、スーツケースをヨイショと持ち上げた。慌てて私はドアを開ける。その時初めてわかったが、外は冷たい霧雨が降っていた。玄関を出て行く彼女に傘を広げて差し出す。『おおきに』と微笑むメモリー。


 LEXUS(レクサス)というロゴがついている車の後ろに岡野真澄が立っていた。トランクを開け、メモリーから大きなスーツケースを受け取ると、軽々と車に積んだ。彼女は後部ドアを開け、乗るように促す。


 メモリーは私に振り返ると、デカいショルダーバッグごと抱きついてきた。


「ほんま、おおきにな」

 私の耳元でささやいた。

「こっちこそ……がんばって」

 それが旅立つメモリーと最後に交わした、短い言葉。


 メモリーは慌てて車に乗り込みドアを閉める。

 別にあの女が急かしたわけではない。一台しか通れない狭い道に、もう一台車が来てしまったからだ。


「じゃあね、きっとまた会えるわよ……合格してあの子が落ち着いたら、あなたもロスに遊びに来たら? 旅費くらい出すわよ」

「ありがとうござます。でも自分のお金くらい自分でなんとかします」

 メモリーの支援者は、そう? と微笑んで運転席に乗り込んだ。


「メモリーをよろしくお願いします」

 そう言い終わらないうちにドアが閉まり、LEXUSは静かなエンジン音とともに走り出した。

 メモリーも私も、角を曲がるまで手を振りあった。後続の車が通り過ぎる。


「行っちゃった」

 私の口が勝手につぶやく。


 五人

 プラス一人 イコール六人

 マイナス一人 イコール五人

 マイナス一人 イコール四人


 そして、今日。

 マイナス一人 イコール三人。


 誰でもできる、簡単な足し算、引き算。


 これでいいのか? これでいいのだ。

 ナツの口グセは、そのまま私の口グセになった。



 自分の部屋に戻ると、交換日記がベッドの上に置かれていた。

 寝転がってノートを開く。両親の命日にナツが残したメッセージの後は、誰も日記をつけていない。私が涙でベコベコにしたページをめくると、コメントが追加されていた。メモリーからだ。


 〇


 それを今、私の目の前で高山先生が読んでいる。


…………


12月11日    メモリー


5羽のツバメちゃんの日記なんだけど、勝手におじゃまシマス。


どうしても、アイサツをしておきたくて。アイにも、サユにも、タクにも、そして、読んでもらえないかもだけど、カナにも、ナツにも。


みんなとはちょっとの時間だけど、会えてうれしかったわ。


あすか台学園でアイに出会って、ボクを泊めてくれて、お風呂屋さんに行って。


最初にみんなの事情を聞いたときは、ホンマたまげたけど、なんていうか、ひとりひとりクセツヨなキャラばかりで、いっしょにいるとボクも楽しかったな。


アイにダンスのアイソレーションを教えたとき、「バラバラに体を動かしたらダンスにまとまりがないんじゃない?」て言ってた。


ナツはね、「バラバラなんだけど、それがバラバラになってなくて、ステキだなあ」て言わはった。


どっちもそうやと思うわ。無理にまとまりをつけようとしたら、演技がちぢこまる。でも、体のパーツに好き放題させるとマジにバランバランになる。

そういう意味じゃ、君らは、たいしたもん。自分の出番がきたら、「らしく」やってるし。それなのにバラバラのまんまやない。どこかつながってるっていうか、チームワークがあるっていうか。なんや、うまく言えへん。


あ、何が言いたいかというと、3人、じゃなくて5人、元気よくバラバラに。バラバラやけど仲ようしたってや!

海の向こうから応援しとるで。


はは、こんなこと書いて、試験に落ちて日本に帰ってきたら、カッコ悪いわぁ。けど、そんときは、せいぜいなぐさめたってや。


ほな、さいなら! 


         みんなの恋人 メモリーより


…………




「なんか『バラバラ』っていっぱい書いてあって、そのインパクトが強いね」

 高山先生はメモリーが書いたページから目線を上げ、フフっと笑った。


 ノートを閉じ、それを私に返しながらつぶやく。

「あななたちのことをわかってくれる、いい友だちね」

「……はい、ほんとうに」

「やっぱ、淋しいかな?」

「……はい」


 先生は、おかわりのお茶を二人分持ってきてテーブルに置き、話を続ける。

「前にも話してくれたけど、あなたの中では、アイさんと、サユさんとタク君の三人になってしまったんだよね。そっちも淋しいね」

「……ええ。お医者さんは、統合が進んでいるようで、いいことだとおっしゃってます」

「そうね。その辺の気持ちは誰がどんなに想像しても、アイさんにしかわからないんだろうね」


 私は紙コップを両手でいじりながら自分の思っていることを整理する。

「うまく言えないんですけど、最近、ほかのキャラの子たち、サユやタクと自分との境がなくなってきているような気がするんです。その中にカナやナツも一緒にいてくれたらいいなと思います。あの子たちが私の一部なのか、私があの子たちの一部なのか……よくわかりません」


「アイさんはどうだったらいいと思う?」

「……ナツやメモリーの言うとおり『バラバラなんだけど、バラバラじゃない関係』。それをしっかり受け容れたい。受け容れあいたいです。メモリーが私たちにそうしてくれたみたいに」


「そうね、あなたたちにはそれが合ってるのかも知れない」


 先生は一口お茶を飲み、つぶやく。


「ひとりだけど、ひとりじゃない」


 私は『ひとり』という言葉に勝手に漢字をあてはめる。

 最初のは『一人』。

 後のは『独り』。


 これでいいのか? これでいいのだ。

 イッツ オール グッド。



 校舎を出て、レターパックを郵便ポストに入れ、都電の雑司ヶ谷駅に向かった。

 夕暮れの中、桜の花びらが舞い、鼻先をかすめる。

 確かメモリーと出会ったのも、一年前のこんな季節。


 ホームで電車を待っているとスマホが震え、LINEにメッセが入ったことを知らせた。友だちの少ない私が登録をしているのは、メモリーと高山先生と、あと岡野真澄……無理矢理友だち登録させられた。



 メモリーからだ。


…………

アイ、みんな、元気?

もちろんボクは元気にやってるで。


まだまだワケワカラン状態が続いているけど、そんだけシゲキ的でおもろいわ。仲間もはじけたヤツらばっかでね。


そうそう、そんな中で、作曲の勉強してるイギリス出身の子と仲良うなってね。エミリー言うんやけど。その子とダンスの曲作って、踊ってみたんだ。メモリー&エミリーのコラボや!


歌詞はな、みんなの『交換日記』からパクらせて、やなくてインスアパイアさしてもろたんやで。


君たち、5色のイカしたツバメのダンスやで。


見てみてくれん?

…………



 メッセージには、Youtubeのサムネイルがついていた。

 私はイヤホンを耳にはめ、サムネをタップする。


 同時に都電の小さなホームがライトで照らされ、電車が到着する。

 動画サイトに気をとられ、車内に入ってから気づいたが、ICカードを読む運賃箱ではない。慌てて小銭を用意する。車内は薄暗く乗客はいない。


 あのときみたいだ。


 ロングシートに座り、再びスマホに目を向ける。


 動画のウィンドウの中の世界。


 何もないスタジオのような所でうつむいて佇むメモリー。


 彼女は顔を上げ、カメラを見つめ、叫んだ。


   " ジャストムーブ! "


 同時にダンスの楽曲が流れ、彼女の体が動き出す。

 小さくてよくわからないが、英語と日本語の歌詞がテロップで流れている。


 ふと顔を上げると、正面の窓に私が映っている。

 私の両隣に人影が現れた。一人は、紅梅(こうばい)色のウルフカット。一人は、淡黄色(たんこうしょく)のベリーショート。

 二人は座席から立ち上がり、ダンス音楽に合わせて、アイソレーションを始める。


 窓に映った紗友は、ゼスチャーで私に立てと促す。

 立ち上がり、何とか彼・彼女らの動きをまねる。片手でスマホを持ちながら体を動かす。


 再び窓を見る。


 紗友の隣りに、白練(しろねり)色のセミロング。


 拓の隣りに、灰桜(はいざくら)色のミディアムヘア。


 そして、私の浅葱(あさぎ)色。


 電車のガラスに、髪色の違う五人が並んだ。


 私たちは、メモリーに教わったアイソレーションを踊る。


 不器用に。たどたどしく。

 電車の揺れや、カーブによろめきながら。



♪Verse

We're scattered fragments, soaring free in the sky so high,

Expressionless? Soft? Blunt? Swaying 'round, just laughin' fly.


Barely holdin' on, yeah, grippin' the cliff's edge tight,

Yes, we're aimin' way up, to a place that feels so bright.


How we gonna make it? That's our story unfoldin',

Secret diary pages, to a melody we're holdin'.


Day and night, hidin' blades between the lines, you see,

Our hearts' true cries? They're totally divine, believe me.


♪Chorus

We might be in isolation, but we ain't isolated, no way,

You ask, "Is this okay?"  Yeah, it's all good.


A place where five-color spotlights gonna shine our way.


We absolutely gotta make it there, that's the real deal,

The little train's rattlin' on, weary swallows can feel.

To a destination with no signboard, just gotta trust the ride.


♪Bridge

Alright, let's get down, time to dance now, you know!

First,


Let the beat take over, and exercise this isolation flow.


Start with your neck, sharp moves, chin down low,

Smooth like a machine, let that rhythm grow.


Free your shoulders, feel the vibe, let it all unwind,

Expand the motion, body and soul intertwined.


Imagine your chest is a box, yo, that's the key,

Forward, backward, left, right – own your space fearlessly.


Keep your hips grounded, but let 'em float so light,

Separate and connect, upper and legs, a strange but perfect site.


Control your knees freely, let your spirit ignite,

Soulful, colorful footwork, the first step to our next height.


♪Verse

We're scattered fragments, soaring free in the sky so high,

Expressionless? Soft? Blunt? Swaying 'round, just laughin' fly.


Barely holdin' on, yeah, grippin' the cliff's edge tight,

Yes, we're aimin' way up, to a place that feels so bright.


How we gonna make it? That's our story unfoldin',

Secret diary pages, to a melody we're holdin'.


Day and night, hidin' blades between the lines, you see,

Our hearts' true cries? They're totally divine, believe me.


♪Chorus

We might be in isolation, but we ain't isolated, no way,

You ask, "Is this okay?"  Yeah, it's all good.


A place where five-color spotlights gonna shine our way.


We absolutely gotta make it there, that's the real deal,

The little train's rattlin' on, weary swallows can feel.


To a destination with no signboard, just gotta trust the ride.


♪Outro

So,

Don't be afraid, keep flyin' with all your might,

Even if wings made of wax might melt away someday, alright...



 (日本語訳)

 ♪イントロ・Aメロ

   ボクら バラバラなカケラ

   高い空を 自由に舞ってる

   無表情に 柔らかに ぶっきらぼうに

   フラフラしながら ヘラヘラしながら


   ギリギリつながってる

   なんとか崖っぷちにしがみついて


   そうさ めざしている

   めっちゃ高いところを

   なんかキラキラした場所をね


   そこに行きつくまでのストーリー


   ボクらのメモリーを 

   メロディーに乗せて 

   マル秘のダイアリーに

   (つづ)り続けるんだ


 ♪コーラス

   昼も 夜も 

   行間に ナイフを隠して

   心の叫びは マジで神 


   これでいいのか? 

   そう、これでいいんだ


   大丈夫 ボクらは 一人だけど

   独りぼっちなんかじゃない


 ♪Bメロ

   五色のスポットライトが照らす場所へ

   絶対そこに行かなきゃなんないんだ

   それ マジで


   でもね 飛び疲れちゃったら

   小さな電車が ゴトゴト揺れて

   ボクらを運んでくれるから

   行き先表示のない あの場所へ


 ♪ブリッジ

   さあ! そろそろ踊ろうか


   まず ビートに身をまかせ

   アイソレーションで エクササイズ


  首から攻めろ

   キレよく動かせ キレッキレに動いて

   アゴは上げるな マシンみたいにスムーズに


  肩を解放せよ

   流れに身をまかせ

   カラダとココロの可動域を 広げよ


  胸のイメージは ボックス

   前 後ろ 左 右

   恐れずに 大胆に 空間をひとり占め


  腰はドッシリ でも浮わついて

   上半身と足 バラけさせて

   つなぎ合わせる ヘンテコなハブ


  膝を勝手に暴れさせろ

   ソウルフルで カラフルな

   足さばきが 次のステージへの 第一歩


 ♪Aメロ

   ボクら バラバラなカケラ

   高い空を 自由に舞ってる

   無表情に 柔らかに ぶっきらぼうに

   フラフラしながら ヘラヘラしながら


   ギリギリつながってる

   なんとか崖っぷちにしがみついて


   そうさ めざしている

   めっちゃ高いところを

   なんかキラキラした場所をね


   そこに行きつくまでのストーリー

   ボクらのメモリーを

   メロディーに乗せて

   マル秘のダイアリーに綴り続けるんだ


 ♪コーラス

   昼も 夜も

   行間に ナイフを隠して

   心の叫びは マジで神


   これでいいのか?

   そう これでいいんだ


   大丈夫 

   ボクらは 一人だけど

   独りぼっちなんかじゃない


 ♪Bメロ

   五色のスポットライトが照らす場所へ

   絶対そこに行かなきゃなんないんだ

   それ マジで


   でもね 飛び疲れちゃったら

   小さな電車が ゴトゴト揺れて

   ボクらを運んでくれるから

   行き先表示のない あの場所へ 


 ♪アウトロ

   だから

   怖がらないで 思いっきり飛び続けようよ

   たとえいつか 

   (ろう)でできた翼が

   溶けちゃったとしても……ね。

                                 


タイトル : The Five Chill Swallows with Groovy Colors

     約束の場所へ、五彩の軌跡を描け

作曲 : Emily

作詞 : Memories



(了)

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