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走れ、恭子!緊張の50メートル

 先ほどの男子の場面と同様に、今度は5人の女子選手が整然と並んだ。中央の第3レーンには恭子の姿があり、彼女は自信に満ちた表情でスタートを待っている。

左端の第1レーンには、深い紺色のブルマーを身にまとった高崎郁美がスタンバイ。彼女のブルマーは、引き締まったヒップラインを強調し、スタイルの美しさを際立たせている。その隣、第2レーンには卓球部の選手が。彼女は小柄でショートヘア、緊張の色が浮かぶその表情が周囲を見渡し、まるで心臓が高鳴っているのが伝わってくるようだ。

 恭子の右側、第4レーンにはテニス部の選手が立っている。彼女は清潔感あふれる真っ白なユニフォームに、同じく白いスカートを合わせており、5月の青空に映える姿が実に爽やかだ。そして第5レーンには、郁美と同じ体操服を着た選手がいる。彼女は、白い丸首の半袖体操服に緑色の縁取りを施したデザインで、濃い緑色のブルマーを合わせた姿勢が力強さを醸し出している。おそらく、彼女も何らかのスポーツに打ち込んでいるのだろう。

選手たちは、自らのパフォーマンスを最大限に引き出すために、動きやすさを重視した服装を選ぶ姿が印象的だ。彼らは、共通して半袖のトップスに加え、足を大胆に見せるスタイルを採用し、鍛え上げられた体を自信満々に披露している。

しかし、その中にいる恭子だけは、腕や足をしっかりと覆った臙脂色のジャージを身にまとい、周囲の選手たちとは対照的な存在感を放っている。



 選手の背後からは、多くの応援の声が飛び交っていた。その中でも特に高崎郁美に向けられた声援は非常に熱気に満ちていた。同じ体操服を着た女子高生たちが、心を一つにして「高崎先輩ー、頑張ってー!」

と明るく叫び、彼女の名前を呼ぶ声が響き渡る。高崎はその声援に応えるように、優しい笑顔を浮かべながら手を振り

「ありがとう、みんな!」

と感謝の意を示していた。

 観客の中には、恭子のジャージ姿が場違いだと感じる者もいた。彼らにとって、彼女はただ一人異なる服装をした、見知らぬ高校生に過ぎなかった。

「なんであの子だけあんなダサいジャージなの?」

と近くの観客がささやくのが僕の耳に入る。

別の声聞こえる。

「まるで運動会の準備運動みたいだね」

「あれ、本当に競技する気なの?」

「他の子たちと比べたら、明らかに浮いてるよね。」

「あのジャージ、重そうだし、動きにくそうじゃない?」

「せめて体操服なら、もう少し馴染むのにね」

他の観客も同意し、嘲笑の声が広がる。

恭子はその声が聞こえるのか聞こえないのか、僕にはわからない。ただ心を静めるために目を閉じたり、ゆっくりと深呼吸をしたりしていた。

僕も思わず声を張り上げて、

「恭子、今がチャンスだよ!全力で走って!」

と叫んだが、周囲の視線は少し驚きと戸惑いを含んでいた。一人だけで大声で応援をしている、同じくジャージの男子に、観客たちは、その視線を向ける。

恭子は一瞬こちらを振り向き、目が合った。その瞬間、彼女の表情が変わった。少し驚いたような、そして次第に温かい微笑みが浮かぶ。彼女は、まるで私の声援が力になったかのように、再びスタートラインに視線を戻した。周囲の雑音が遠くなり、緊張感が高まる。

スタートの号砲が鳴った。一斉に選手たちは駆け出した。

観客の目の前で繰り広げられるこの瞬間、まるで時間が止まったかのように感じた。中央の第3レーン、深紅のジャージを身にまとった恭子が、一瞬で飛び出した。その後ろには、第2レーンで素早い動きの小柄な卓球部の女の子、そして第5レーンには大柄な緑のブルマーを着た女子が続く。郁美が彼女たちに続き、さらにショートスカートを揺らしながらテニス部の選手が追い上げてくる。瞬く間にレースは終了!恭子が圧倒的な強さでゴールに飛び込んだ。周囲は意外な優勝者に驚愕の表情を浮かべている。

「やった、恭子!本当にすごかった!」

僕は興奮を抑えきれず、彼女に駆け寄った。恭子は息を切らしながらも、満面の笑みを浮かべていた。

「尚人のおかげで、最後まで頑張れたよ!」

彼女は力強く言った。

「みんな、見た?あのジャージの子が勝ったよ!」

その言葉に、僕の心は温かく満たされた。恭子の目の奥には、勝利の喜びだけでなく、感謝の気持ちも宿っているようだった。周囲の観客たちも徐々に彼女の実力を認め始め、その表情には驚きと称賛が混ざり合っていた。恭子はまさに、あざける声を跳ね返すように、力強く自分の道を切り開いたのだ。

「郁美さん、私たちの読書部が運動部に引けを取らない力を証明したわよ!これであなたも納得できるでしょ?」

恭子の声には、嬉しさがあふれていた。しかし、負けず嫌いの郁美にとって、応援してくれた後輩や仲間が見守る中での4位という結果は、そして特に、運動部ではなく読書部が1位を取ったという事実を受け入れるのは非常に難しいことのようだった。

「わ、わたしは、認めないわ…」

郁美の言葉は震えていたが、その目には悔しさが宿っていた。

「…でも、50メートル走では恭子が一番だったし、そもそもこの勝負を提案したのは郁美じゃないか」

と、僕は彼女をなだめようと口にした。

「確かに、私が提案したのは間違いないわ。でも、でも、私が負けるためにその勝負を持ちかけたわけじゃないの!」

と、郁美は言葉を強め、少し困惑した様子で自分を弁護した。隣にいる恭子は、これからの展開に対して不安を浮かべ、心配そうに眉をひそめていた。

「まだ、立ち幅跳びと、12分間走が残っていたでしょ。この2つの種目を加えて勝負を決めない?今の50メートル走を含めて、3つの種目のうち2つで勝った方が総合優勝ということでどう?」

 恭子は一瞬考え込み、やがて頷いた。

「それでいいわよ、郁美さん。私も競い合う以上は、最後までしっかりとやり遂げよるべきだと思うわ」

「よし、じゃあ次は立ち幅跳びね!」

 郁美は目を輝かせて頷き、再び自信を取り戻したようだ。

「私はバレー部に所属しているから、跳躍力には絶対の自信があるの!」

と、彼女は明るい笑顔を浮かべて宣言した。その言葉に恭子は心を奪われるようにしっかりと頷いた。

「私も負けないよ、郁美さん!」

恭子は目をきらきらと輝かせながら応じた。その瞬間、郁美の力強い意志が、普段はあまり前面に出ない恭子の内なる闘志に火を灯したかのようだった。



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