青春のトラック、夢を追いかけろ!
⑫ 50メートル走
短距離走のコーナーに行ってみると、スターティングブロックが各コースに置いてあった。
「体力測定の50メートル走なのにスタプロおいてあるんだ。本格的ね」
恭子は眺めながら、感心したような口調で言った。
スタートラインの周りでは、さまざまなスポーツチームのユニフォームを着た選手たち、あるいはそれぞれの学校の体操服を着たこう高校生たちが集まっていた。スターティングブロックを確認する者、仲間と打ち合わせをする者、それぞれが自分の準備に余念がなかった。
その中に高崎郁美の姿もあった。大会の運営にも関わっているだけあって、彼女は顔が広いらしく、卓球部のユニフォームを着た女子選手と、他の高校の体操服を着た男子高校生と相談していたが、僕たちの姿を見ると、
「あ、尚人、恭子さん! 頑張ろうね!」
と元気よく手を振った。郁美の明るい声が響く。その瞬間、僕も恭子は緊張を感じつつも、心の奥に湧き上がる闘志を抑えきれなかった。
男女5人ずつ、交互に走っていく。ちょうど次は男子が走る番で、僕は早速、スタートラインに立った。男女5人ずつ、交互に走っていく。次は男子の番が来て、僕は迷わずスタートラインに立った。第1レーンには、サッカー部の選手が鮮やかな緑色のユニフォームを身にまとい、活気に満ちた表情で待機している。第2レーンには野球部の選手がホワイトとブルーのストライプが入ったユニフォームを着て、キャップを斜めに被り、少し緊張した面持ちでスタートを心待ちにしていた。第3レーンでは、長髪をなびかせた男子が、真っ白な半袖の体操服と短い白いパンツを着こなし、清々しい印象を与えている。第4レーンは、紺色のジャージを着た僕が待機中で、長身の体格が特徴だ。最後に第5レーンでは、陸上部の選手が目を引くタンクトップとショートパンツ姿で、興奮を抑えきれずに軽やかにジャンプを繰り返していた。
僕はほかの選手たちがしているように、見よう見まねでスターティングブロックを調整してみる。学校の体育でも、こんなものは使ったことがないのでよく分からないが、まあ、自分なりにいい感じに調整してみた。
「尚人、頑張ってね!」
恭子の声が背中を押す。僕はスタートラインに立ち、心臓が高鳴るのを感じた。周囲の選手たちもそれぞれの緊張を抱え、静かな空気が流れる。
「いくぞ!」
と心の中で叫び、スタートの合図を待った。次の瞬間、ピストルの音が響き渡り、全力で駆け出した。スタートの姿勢になったときは前かがみになっていたが、いざスタートの合図が出ても、思ったほど前に走り出せなかったのだ。
僕が走りだした時には、ほかの選手はみな、先に駆けていった。やはり、第5レーンの陸上部の選手がダントツに先に走っている。次いで、サッカー部、野球部が僅差で追う。そこから少し離れて第3レーンの白い体操服に長髪の男子が走っている。せめて、彼には追いつきたいと思い、力を込めて足を動かした。もう少しで追いつける! と思った時には、第3レーンの男子はゴールに入りかけていた。
「くそ、もう少しだったのに…!」
僕は悔しさを噛み締めながら、ゴールラインを越えた。5位、ビリだった。周囲の歓声が耳に刺さる。思わず地を見面つめた。恭子の期待に応えられなかった自分が情けなく、周囲の歓声も耳に入らない。陸上部の選手たちは、余裕の表情で互いに笑い合っている。彼らの背中を追うことは、想像以上に難しい。
「尚人、大丈夫?」
恭子が心配そうに駆け寄ってくる。僕は息を整えながら、悔しさを抑えつつ答えた。
「ごめん、期待に応えられなくて」
「そんなことないよ、尚人!」
恭子が優しい目で僕を見つめる。
「むしろ尚人が最後まであきらめずにかけているのを見て、私も励まされたよ!」
恭子の言葉に、少しだけ心が軽くなる。彼女の笑顔は、僕の悔しさを和らげてくれた。
そこへ郁美が挑発的に微笑んできた。
「次は女子の部、恭子、あなたが走る番ね」
それから僕のほうに向いて、
「尚人、私の走りを見ててね。私が圧勝するから!」
と自信満々に言った。恭子は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに意志を固めた表情に変わった。
「私、絶対に負けないから!」恭子は力強く宣言した。彼女の目には、先ほどの不安が消え、決意が宿っていた。僕も思わずその言葉に励まされ、彼女を応援する気持ちが高まる。「応援しているよ、恭子!」
と僕が声をかけると、彼女は微笑み返し、スタートラインへと向かって歩いていった。