バレー部エースからの挑戦状
ハンドボール投げを終えた僕と恭子は、次に参加する50メートル走が行われている、短距離用のゾーンに向かっていった。すると突然、呼びかけられた。
「あら、尚人じゃないの。久しぶりね。こんなところで会うなんて」
僕はその声に振り返り、驚きと共に顔を向けた。
目の前に立っていたのは、体操服姿の女子高生だった。清潔感のある白い丸首の半袖体操服を着ており、鮮やかな紺色のブルマーがそのスタイルを引き立てていた。健康的な体のラインが際立たせていた。
誰なのか分からず戸惑っていると、彼女が言った。
「覚えている? 小学校の時、近所にいた、高崎郁美よ」
思い出した。小学校の時、同じクラスにもいたことがあった。5年生の終わりに転校して、その後、どうなったかは知らなかったのだが、こんなところで会うとは奇遇だった。
「こんなところで、何をしているんだい?」
僕がそう質問すると、高崎郁美はにっこりと笑って返事をした。
「今は桜丘高等学校に通っているの。バレー部なんだけど、生徒会の役員もしていてね。この大会の運営にも関わっているのよ」
自慢そうに郁美は言った。
「いろいろな学校の部活動が集まっているみたいだね」
僕はグラウンドを見回しながら言った。
「そうでしょ。これだけいろんな種類の部活動が集まるのもすごいでしょ。ところで、尚人は何のスポーツをしているの?」
「今は特にやってはいないけど、今日は読書部として参加したんだ」
少し声が控えめになってしまった。
「読書部? へえ、そんな部活動があるんだぁ。それがどうして、運動能力テスト大会に出ているの?」
驚いた表情で郁美が言った。
「それがね、教員が読書部を廃止すべきだって言ったから、運動部と同じだって証明しようと思って、参加したんだ」
「そうなんだ。尚人らしいなぁ。運動能力テストで読書部の価値を証明するなんて、ちょっと無理があるんじゃない?」
郁美は、隣に立つ恭子の姿をじっくりと観察しながら言った。恭子は臙脂色のジャージを身にまとい、全身を覆い隠すようにしているため、彼女の体形はほとんどわからない。一方で、郁美は真っ白な体操服を着ており、引き締まった腕や濃紺のブルマーから覗く力強い足首が目を引く。彼女の自信にあふれた姿勢は、恭子の柔らかで控えめな雰囲気とは対照的だった。「あなたも、読書部なの?」
郁美が恭子に問いかけた。
「そうです。佐藤直人君と同じ読書部です。私たちも自分の部活を賭けてここに参加しているのです」
恭子は郁美の目をしっかりと見据え、毅然とした口調で返した。いつも図書室で本を静かに読んでいる彼女とは思えない、力強い言葉だった。
「私たちがここにいる理由は、ただの好奇心じゃないんです。運動部の皆さんに、読書部も負けないってことを証明したいんです」
恭子の目は燃えていた。僕はその姿に驚きつつ、胸が熱くなるのを感じた。恭子の勢いに、郁美は一瞬たじろいだが、すぐに笑みを浮かべた。
「なるほど、やる気は十分ね。だけど、実際に運動能力テストで結果を出さなきゃ意味がないわよ」
彼女の目には挑戦的な光が宿り、その言葉には少しの冷たさが混じっていた。
「あなたたち、種目は全部回ったの?」
少し話題を変えようと郁美が尋ねた。
「屋内の種目は先に済ませて、今、投げの競技を終えたところです。次は50メートル走に出るんです」
恭子が答えると、郁美は嬉しそうに微笑んだ。
「実は私も同じ状況なのよ。じゃあ、50メートル走で勝負しない?」
郁美が挑発的に言った。恭子は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに目を輝かせて答えた。
「いいわ、勝負しましょう!」
恭子の声は力強く響いた。彼女の目には、挑戦を受け入れる決意が宿っている。その言葉に、僕も心が躍る。
「そうだ。勝負の前に、今までの記録用紙を見せ合わない?」
と、郁美が提案した。
恭子は少し戸惑いながらも頷いて言った。
「いいよ、でも私たちの記録はあまり自慢できるものじゃないから」と言いながら、ポケットから自分の記録用紙を取り出した。郁美も自分の記録用紙を取り出し、恭子に渡した。興味津々で僕もその用紙を覗き込む。特にハンドボール投げと垂直跳びの記録が際立っていた。
一方、恭子の記録用紙を見ている郁美の表情からは、先ほどまでの余裕が少しずつ消えていった。
「恭子さんって、意外にやるのね。でも、勝負は次の50メートル走よ。私、先に行って待っているわ」
記録用紙を返すと、郁美は立ち去って行った。
「尚人、高崎郁美さんって、走るのは速いの?」
先ほどは郁美の挑発に乗って恭子も強気で出ていたが、彼女が立ち去ると、緊張の糸が途切れたのか、恭子は少し不安げな表情を浮かべた。
「私、勝てるかしら?」
「僕も、郁美のことは小学校までしか知らないし、当時から活発な子だったな。生徒会の役員でバレー部ということだから、ある程度は実力はあると思う。だけど、恭子だって負けてはいないよ。君の記録も、意外といいじゃないか」
と僕は励ますように言った。恭子は少し顔を赤らめて、力強く頷いた。
「そうね、私も頑張るわ。絶対に負けない!」
彼女の意志は固く、僕もその決意に心を打たれた。次のスタートラインに立つ時、二人で勝利を目指そう。