勇気のハンドボール投げ
体育館を出て、僕たちは外の世界に足を踏み入れた。春の陽射しが眩しく、爽やかな風が心地よく感じられる。屋外では、ハンドボール投げ、50メートル走、立ち幅跳び、そして12分間走の4つの競技が行われている。
広々としたグラウンドの各所で、選手たちは自らの実力を示すために一生懸命に取り組んでいる。本当に大会に参加しているという実感が湧いてきた。
「やっぱり、体育館とは違って、外のほうが開放的だね」
と、心地よさに身を任せて伸びをしながら恭子が語った。
しかし、その解放感がある一方で、各校の運動部の選手たちと僕たち読書部の間に存在する実力差が、より鮮明に浮かび上がってしまうことも否めないのだ。
そのことは恭子もうすうすと感じているのだろう。だが奮い立たせるように彼女は言った。
「私たちだって負けないよ、努力すれば結果がついてくるはずだから!」
恭子の言葉には力強さがあった。彼女の目は真剣で、僕もその熱意に引き込まれる。周囲の選手たちが華やかなユニフォームで走り回る中、僕たちの心には、一緒に成し遂げるという目標が宿っていた。これは、ただの読書部の挑戦ではない。もっと大きな目標に向かっているような気がしてきた。
「まずは、ハンドボール投げから行こうか」
青空に弧を描いて降りていく白いボールを目で追いながら、僕は言った。
「そうね。屋外競技の最初としてふさわしいかもね」
恭子は頷き、軽やかな足取りでハンドボール投げのエリアに向かう。
⑪ハンドボール投げ
競技場の中央に、直径2メートルほどの白い円が描かれていた。
恭子は右手で白いハンドボールをしっかりと握り、右耳の近くまで手を引き上げてから、力強く振りかぶった。
「ヤーッ!」
臙脂色のジャージボールは空を切り、勢いよく前方へ飛んでいく。恭子の目は真剣そのものだった。次の瞬間、ボールは地面に着地し、思いのほか遠くへ飛んでいった。
「すごい!」
と僕は思わず口にする。恭子は満足げに笑みを浮かべ、次の挑戦へ向けて準備を始めた。で身を包んだ恭子の四肢は、まるで弓のようにしなやかに伸び、そこから放物線を描いてボールが飛び出した。彼女の表情には集中が宿り、その瞬間、周囲の視線が彼女に集まる。恭子の力強さと美しさが、競技場の空気を変えていくのを感じた。
恭子は二球目を構えた。彼女は再び力を込め、静かな決意を胸に抱きながらボールを手に取った。周囲の期待が高まり、心臓が高鳴る。恭子は深く息を吸い込み、全身の力をボールに込めた。
再度、振りかぶる。次の瞬間、彼女の腕が弾けるように動き、ボールが空を舞った。ボールが放たれた瞬間、周囲の歓声が高まる。恭子はその瞬間を楽しむように、微笑みを浮かべていた。彼女の視線は、空中を飛ぶボールに釘付けで、まるでその運命を見届けるかのようだった。落下地点が近づくにつれ、彼女の心臓も早鐘のように鼓動を速める。果たして、どれほどの距離を記録できるのか。期待と興奮が交錯する中、ボールは力強く地面に着地した。周囲の反応は、拍手と歓声が交じり合い、恭子を包み込んだ。
「やった!また記録更新よ!」
恭子は目を輝かせ、周囲の歓声に応えた。僕も彼女に続いて拍手を送り、興奮が伝染する。彼女の頑張りに心が躍る。
次は僕の番だ。僕は胸の高鳴りを抑えながら、ハンドボールを手に取った。恭子の努力にこたえるため、恭子の記録を越えるため、彼女のように力強く振りかぶる。周囲の期待が僕を後押しする。深呼吸して、心の中で「行け!」と叫ぶ。腕を一気に振り下ろし、ボールが空に飛び立った。その瞬間、世界が静止したかのように感じた。ボールがどこまで飛ぶのか、僕の心も一緒に舞い上がる。
ボールは青空を切り裂くように飛び、太陽の光を反射しながら放物線を描いた。僕の心臓は鼓動を速め、期待と不安が交錯する。周囲の視線が僕に集中し、恭子も興味深そうに見つめている。その瞬間、ボールが地面に着地した。
「□□メートルー!」
残念ながら、恭子の1回目の記録よりも下だった。
僕は悔しさに胸が締め付けられる。周囲の拍手が少し薄れた気がした。恭子の目が優しさを帯びて、僕を見つめている。彼女の期待に応えられなかったことが、さらに心を重くする。けれど、恭子は微笑みながら一言、
「大丈夫、まだ次があるから」
と励ましてくれた。その言葉が、僕の心の中で力強く響いた。もう一度、挑戦する勇気を振り絞る。
先ほど、恭子が投げていた時のフォームを思い出しながら、力を込め、しっかりと振りかぶる。目の前の円を見つめ、全身の力をボールに乗せて、今度こそ!と叫びながら投げた。
ボールは空を切り裂くように飛び、風を切る音が心地よかった。周囲の視線が再び僕に集中する。自分の全力を込めたその瞬間、僕の心は高揚し、恭子の笑顔が脳裏に浮かんだ。ボールは高く舞い上がり、空を駆け抜けた。今度こそ、恭子の記録を越えてみせる。着地地点が近づくにつれ、期待と緊張が交錯する。周囲の歓声が耳に心地よく響く中、僕はその瞬間に全てをかけた。ボールが地面に着地する音が響き、計測器が反応する。ドキドキしながら結果を待つ。果たして、どんな結果が待っているのだろうか。
「●●メートルー!」
「やった!恭子の記録を越えた!」
僕は心の底から叫んだ。周囲からも歓声が上がり、恭子の目も驚きと喜びで輝いていた。彼女は僕に駆け寄り、手を叩きながら笑顔を見せる。「すごい!やったね!」
「ありがとう、恭子のおかげだよ」
僕は思わず恭子の手を取って言った。
恭子の目がさらに輝きを増し、彼女は嬉しそうに僕に微笑んだ。
「尚人、この調子で残りの種目も行こう! あとは50メートル走、立ち幅跳び、12分間走。3つだけだね」
「そうだね、頑張ろう!」
僕は気合いを入れ直し、恭子の明るい笑顔に勇気をもらった。
次の種目に向けて進んでいく。