ともに駆け上がれ。高鳴る鼓動
⑨ 踏み台昇降運動
階段をゆっくりと上り下りする音が、静寂を切り裂く。
十人の並んだ人間が、一斉に壁際の台に上がり下りを繰り返す。
前後に身体を移動させ、大きな足音が響き渡る。
はからずも生み出される律動的な動きは、まるでダンスのようだ。
ゆっくりと、一人ひとりが台の上下を繰り返す。
やがて、その音は徐々に消えていく。
僕と恭子は、自分たちが次に参加すべくその様子を眺めていた。
「これ、意外と楽しいね」
と恭子が言った。彼女の目は輝いていた。
僕も頷きながら、
「そうだね、ただの読書部じゃないって証明できるかも」
と返した。
しかし、団を上がり降りする競技者たちが次第に息を切らすのを見ると、
「ちょっと、頑張らないとまずいかも」
と恭子が不安そうに言った。彼女の言葉に、僕も緊張が走った。
「でも、私たちが楽しんでやれば、きっと大丈夫だよ!」
と励ます。恭子は少し笑顔を返し、僕もその笑顔に勇気づけられた。次は自分たちの番だ。心臓が高鳴る。
僕たちは並び、前の選手の動きに合わせて準備を整える。恭子の隣で、僕は彼女の緊張を感じた。彼女の手が微かに震えている。やがて、スタートの合図が響き渡る。「行こう!」と声を掛け、僕たちは台に向かって一斉に駆け出した。足音が重なり合い、心臓の鼓動がますます速くなる。
恭子の足元が台に触れるたび、彼女の表情が弾む。僕もそのリズムに乗り、息を合わせて上下する。周囲の観客の視線が僕たちを捉える中、恭子の眼差しが強くなり、互いに励まし合うように一層の力を込めた。彼女の笑顔が、僕の胸を熱くさせる。次の瞬間、息が上がった僕らの心が一つになり、運動部の仲間としての誇りを感じ始めた。
「もっと早く!頑張って!」
恭子の声が響く。彼女の鼓舞に応え、僕は全力で足を動かした。周囲の雑音が消え、彼女との一体感が増す。
「息が苦しいけど、楽しい!」
と叫び、恭子の目が輝く。僕たちは互いに支え合い、台の上下を繰り返す。目指すのは、ただの記録ではなく、この瞬間の絆だ。
運動自体は二、三分くらいだったのだろうが、自分たちには十分くらいに感じられた。運動を終えると、隣の椅子に座って、係員の先生に脈拍を図ってもらう。
先生は優しい笑顔を浮かべながら、脈拍計を手に取り、僕の手首に当てた。脈を測ってもらううちに、次第に心臓の鼓動が落ち着いていくのを感じる。
僕は隣の恭子のほうをちらっと見た。恭子のほうも僕と同じように、臙脂色のジャージを少しまくって、腕を差し出している。恭子の腕は、しなやかで美しいラインを描いていた。運動で引き締まったその肌は、少し汗ばみながらも光を受けて輝いていた。彼女の荒い息が次第に緩やかになっていく。
「よく頑張ったね。運動は心身を鍛えるだけじゃなくて、仲間との絆も深めるんだよ」
まるで、読書部の存続のためという、今日の僕たちの目的を見抜いているかのような言葉だった。
脈拍の測定を終えたら、踏み台昇降での疲れはすっかり回復していた。
「次は上体起こしね」
と明るい感じで恭子が言う。
「そうだね、屋内種目はこれが最後になるんだね」
と僕は答えた。恭子の笑顔に引っ張られるように、心の中に自信が芽生えてくる。たった二人だけの読書部だ。恭子と共に次の種目へ向かう道すがら、僕は心の中で確信を抱く。
いつもの図書室での読書部の静かな活動では感じることのなかった高揚感が、今ここにある。恭子の隣で感じるその力強さが、僕の心を鼓舞する。
⑩上体起こし
二人一組になる。マットが敷いてあり、測定を受ける人はその上に、あおむけで寝転がる。両膝は曲げて、腕は首の後ろに組む。もう一人は補助として、寝ている人の足の甲をしっかりと押さえる。まず、僕が寝転がり、恭子が足を押さえてくれた。この姿勢で三十秒間、上体を起こしては元の状態に戻す、ということをできるだけ繰り返す。
恭子の手が僕の足をしっかりと押さえ、彼女の指先の温もりが伝わる。彼女の視線が真剣で、少し緊張した表情を浮かべているのが見えた。僕は呼吸を整え、心を落ち着けようとする。次第に、身体が動き始め、彼女の存在が背中を押す。恭子の声が耳に届く。「もっと、頑張って!」その言葉に促され、僕は力を込め、さらに上体を起こした。
「その調子よ!もう少し!」
恭子の声が響く。彼女の真剣な眼差しと、応援の言葉が僕の背中を強く押した。身体が重く感じるが、その温もりと存在が、疲れを忘れさせる。
「もう一回、行ける!」
僕は意を決して、再び上体を起こす。彼女の手がしっかりと足を押さえてくれ、心強さを感じた。
次は恭子の番だ。臙脂色のジャージの彼女がマットの上にあおむけで寝転がった。
「私、頑張るから!」
恭子の目は輝いていた。彼女の強い決意が伝わり、僕は思わず頷く。
「行くよ、準備はいい?」
彼女は小さく息を吸い、心構えを整えた。僕は彼女の足首をしっかりと握り締め、彼女の頑張りを支える覚悟を決めた。
「せーの、スタート!」
の合図に合わせて、僕は彼女の足をしっかりと押さえ続けた。
恭子は力強く上体を起こす。汗が額ににじむ。その表情は真剣そのもので、僕は彼女のためにさらに力を込めた。
「もっと、もっと!」
僕の声が彼女を鼓舞する。彼女は頑張り続け、互いに交わす視線の中に、無言の絆が生まれていく。彼女の努力を支えたい、その気持ちが僕を突き動かす。
「まだまだ行けるよ、恭子!」
僕は力強く声をかけた。彼女の表情は少し苦しそうだったが、その目は決意に満ちていた。
「頑張る、絶対に負けない!」
彼女は声を張り上げ、さらに力を込めて身体を持ち上げた。僕はその瞬間、彼女の努力が自分にとっての誇りだと感じた。
「一緒に、最後までやろう!」
僕は全力で彼女の足を支え続けた。
「もっと力を入れて!」
恭子の声が響く。彼女の必死な表情を見て、僕は更に力を込めた。
「大丈夫、恭子、まだまだいける!」
その瞬間、彼女がもう一度上体を起こす。僕の心も高まる。周りの観客が声援を送る中、恭子は一瞬の勇気を振り絞り、力強く最後の一回を決めた。
「やった!できた!」
彼女の笑顔が、僕の心に深く刻まれた。
終了の合図が鳴った。
「終わった…!」
恭子は息を切らしながら、顔を上げた。その表情には達成感と疲労が混じっていた。
「やった、私たち、頑張れたね!」
僕は彼女の手を引いて立ち上がらせ、
「すごかったよ、恭子!」
と笑顔で返した。互いに労い合う中、次の競技への期待が高まっていく。
これで屋内の種目はすべて終わった。残りは屋外だ。
「次は何の競技だろう?」
僕は興奮を隠せずに尋ねた。恭子は手を叩きながら、
「きっと面白い種目が待ってるよ!」
と目を輝かせた。
「屋外だし、みんなが見てる中でやるのは緊張するね」
と僕が言うと、恭子は頷きながら、
「でも、一緒なら大丈夫!」
と力強く答えた。僕たちの心は、次の挑戦への期待で満ちていた。