ジャージに着替えたヒーローたち
GPSウォッチを係の人に返した後、しばらくは体中から汗がしたたり落ち、息も荒く感じていた。しかし、次第に心拍が安定し、身体の緊張が和らいでいくのを感じた。そうなると、体もひんやりとしてきた。5月とはいえ、もう夕方だ。
「そろそろ、着替えようか」
と恭子が言った。彼女の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
「私たち、頑張ったし、いい思い出になったわね。」
その言葉に、僕も心から同意した。
僕と恭子は、先ほどのベンチに戻ると、それぞれのジャージを手に取った。まず、僕は上着を広げ、ゆっくりと腕を入れていく。柔らかな素材が肌に触れると、心地よい感覚が広がっていく。ファスナーを上に引き上げると、少しの緊張が和らぎ、心が穏やかになるのを感じた。次に、短パンの上にジャージのズボンを履くと、そのフィット感がまるで包まれるように心地いい。
恭子は臙脂色のジャージのズボンを手に取り、しなやかな足を優雅にその中に滑り込ませる。彼女は次に、上着の袖に手を通し、裾を整えながら、ファスナーを力強く首元まで引き上げた。先ほどまでブルマー姿で颯爽とした印象を与えていた彼女が、今はジャージ姿に戻ったものの、その姿には何か新たな凛々しさが漂っている。競技を終え、ジャージに包まれた恭子は、体操服とブルマーで走っていた時よりも一層引き締まった印象を与えているようだ。
「尚人、記録用紙を受け取らなくっちゃ!」
恭子が急に言った。その言葉にハッとし、僕は慌てて思い出す。運動能力テストの結果が記載された用紙を受け取らなければならないのだ。僕は恭子と一緒に急いで12分間走のスタート会場に戻り、記録用紙を受けとった。
「尚人、私たちの結果、どうだったの?」
恭子が不安そうに聞く。ドキドキしながら結果用紙を広げると、彼女の記録も確認できた。「うん、恭子、すごいよ!君も好成績だ!」
と笑顔で答える。彼女の目が輝き、心からの嬉しさが伝わってきた。
「この結果なら、廃部を検討している運動部の顧問も、きっと私たちの活動を認めてくれるはず!」
恭子は興奮気味に言った。僕は彼女の言葉に頷き、心の中で希望が広がっていくのを感じた。
僕たちは互いにハイタッチを交わした。その瞬間、郁美の姿がふと目に入った。ブルマー姿の郁美は、疲れ果てながらも、悔しさを滲ませた表情でこちらを見つめていた。
郁美の視線が、僕たちのハイタッチを見つめる。その目には、何かを抱えたような複雑な感情が映っていた。記録用紙を握りしめたまま、じっと立ち尽くしている。
その瞬間、僕は何か言わなければならないと思った。郁美に声をかけようとした時、恭子が先に彼女に近づいた。
「郁美さん、今日は本当にありがとう」
「…えっ?!」
郁美は驚いた表情で恭子を見つめた。思わず言葉を失ったようだ。恭子は続けた。
「私たちの競争があったから、頑張れたと思うの。あなたの挑戦がなかったら、ここまでやれなかったかもしれない。」
恭子の言葉は、郁美の心に刺さった。郁美は少し戸惑った様子で、恭子を見つめ返した。彼女の表情には、意外な感情が浮かんでいた。
「そんなこと言われたら、照れちゃうじゃない」
と、郁美は少し照れくさそうに笑った。
「でも、私も負けたくなかったから、頑張れたのかもしれない。正直、立ち幅跳びで、あんなに飛べたのは初めてだったんだ」
恭子の言葉に心が動かされたのか、郁美の表情に柔らかさが戻ってきた。二人の間に、少しずつ和やかな空気が流れ始めた。
「それなら、私たちの競争はお互いを高め合ったってことね」
と恭子は笑顔で言った。郁美も少しずつ表情が和らいでいく。
「今度、機会があったら、また一緒に競争しようよ。」
郁美が提案する。恭子は明るく頷き、
「もちろん!次はもっといい記録を出せるように、私も頑張るから!」
と意気込んだ。僕もその場の雰囲気に盛り上がり、思わず笑顔になった。この大会でいろいろなものを僕たちは得た気がする。
運動後の爽快感がまだ心に残っている中、私たちは会場を去った。到着した時と同じように、私はジャージの上に学ランをまとい、金のボタンをしっかり留めた。一方、恭子は臙脂色のジャージの上にセーラー服の上着を羽織り、競技中は外していた眼鏡を再びかけた。紺色のセーラー服とジャージという、スポーツとは対照的な装いに戻った恭子だが、ほんの1時間前には、半袖の体操服にブルマー姿でトラックを全力で駆け抜けていたのだ。それが逆に、彼女の魅力を引き立てているように思えた。
「どうしたの、尚人?」
僕の視線に気づいた恭子は、無邪気な笑みを浮かべながら、セーラー服の生地で覆われた自分の腕を優しく撫でながら、問いかけてきた。
「運動会の後、こうして制服に戻ると、なんだか新鮮な気持ちになるね」と恭子が笑顔で言った。僕も頷きながら、「いつもとは違う姿を見せてくれたから、尚更そう感じるよ」と返した。彼女の繊細なセーラー服が、今日の頑張りを誇らしく思わせる。清々しい風が二人を包み込み、次の挑戦への期待が高まっていた。
恭子は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「ありがとう、尚人。私たち、やっぱり読書部らしいよね。」
恭子は少し照れた様子で、
「そう言ってもらえると嬉しいな」
と微笑んだ。その言葉に、僕も安心感を覚えた。二人で並んで歩きながら、今日の出来事を振り返る。競技の緊張感や、郁美との競争を通じて、改めて自分たちの絆を感じることができた。恭子のジャージ姿が、まるで新たな自信を象徴するかのように思えてならなかった。
だからこそ、もう少しこの姿で一緒にいたいという気持ちが湧いてきた。
「尚人、次はどこに行こうか?」
恭子がにこやかに尋ねる。その笑顔には、競技を終えた安堵感と共に、次の冒険への期待が満ち溢れている。
「そうだね、どこかでアイスでも食べようか」
と僕は提案した。彼女の目がキラキラと輝き、
「いいね、楽しみにしてる!」
と元気よく返してくれる。その瞬間、先ほどまでの緊張感はすっかり消え去り、心が軽やかになった。僕たちはそのまま並んで歩き始め、次の冒険に対するワクワク感が胸の中で膨らんでいった。




