表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/175

06

 曾祖母は東の海を渡った島国の王族に連なる人間だった。


 その国には昔から神力と呼ばれる物が満ちていて、王族はその神力を受け取る器があるとされていた。


 実際、神に与えられた力と言われるそれを行使できる人間は時折出現し、地を肥やしたり、植物の生育を促したり、病を治したりとその力をふるって王族の務めを果たしてきた。


 曾祖母アケヒにも力は現れた。


 「物に力を付与する」というあまり直接的ではなく、そして珍しい力だった。


 火は使わずに光る松明、干した洗濯物を素早く乾かす物干しざお、重さが軽減される荷車。


 生活のささやかな助けになるそれらは、皆に便利に使われはしたがあまり重要視はされず、アケヒは気楽に日々を過ごしていた。


 大して強い力とも思われておらず、アケヒもそう振る舞っていた。


 その力の特性上ものづくりが得意で、手芸にいそしんだり、職人街に出入りして職人たちに師事したり、庶民の生活に親しんでいたが、ある日王族の一人が「神力」という力そのものに目覚めた時に全てが変わった。


 神力が何かを解析し追求し始めたのは、アケヒの歳の離れた弟だった。


 憑りつかれたように没頭し、辿り着いた結論は、それぞれの神力の器を持つ人間に現れる能力の違いは神力そのものとは特に関係が無いという事。


 地を肥やすのも病を治癒するのも、当人が何に意識を向け望むかによって変化するのだと。


 そう言って、アケヒの弟は地を肥やし、植物を瞬く間に育て、病人やけが人を癒した。


 さて、そうなると、「ささやかな力しかない」と思われていたアケヒに対する周囲の視線も変わる。


 何故もっと役立つ力を望まないのか、強大な力を望まないのか。


 職人街へ行くことすら許されず、「王族の務めを果たせ」と責められる。


 更に弟は「器を持つ者同士の子は神力の容量が増加する可能性が高く、力が発現した者同士の子は発現率が高い」と言った。


 アケヒには将来的に弟の子を産むよう王命が下った。


 流石に抗議し、当時十歳だった弟にも「それでいいのか」と問うたが、弟は「それが現状一番効率がいい」と答えるのみ。


 アケヒについては放任というより「あまり興味を示してこなかった」両親もその王命を当たり前のように受け入れた。



 家族に対する愛情が干上がって枯れてしまったアケヒは、弟が成人する前に家を出た。



 それこそ弟が言った通り、必死に神力を駆使し皆の為に力を磨くふりをしながら、沢山の物が入る鞄、姿が意識されなくなる服、容貌を変える装飾品等を作って。


 職人街に出入りしていた時、作成した物で幾らか金銭を得ていた事も一助となった。


 王都の港から貿易船に乗り、船倉に潜んで、大陸へ渡った。


 周囲の認識をぼかす効果のある装飾品は常にアケヒを守ってくれた。


 大陸を流離い、言葉にも慣れ、ザイツェンに辿り着いたアケヒは暫く王都の服飾工房でお針子として働いていたが、読み書き計算が出来る事と、当然ではあるが立ち居振る舞いの丁寧さに上客の相手を任されるようになり、やがてドレスに縫い付けた花飾りがある高位貴族の奥方に気に入られた。


 奥方はアケヒを屋敷に呼び、採寸や仮縫いの際に色々と話をしていくうちに、教養と教育程度の高さにすぐに気が付いた。


 髪色から外国人である事は明らかだったが、もしやどこかの貴族家の出身ではないのかと問われ、曖昧に微笑んだ。


 聞いてくれるな、と示したのだった。


 奥方のドレスが仕上がると、アケヒは工房を辞して王都を出た。




 指輪はアケヒの回顧録のようなものだった。


 嵌めた途端に流れ込んできた記録に眩暈を覚えながらも、親しかったはずの老メイドが女主人の異能を異能と認識していなかったこと、公爵家が本来なら迎え入れることを躊躇う外国出身の女を後妻とはいえあっさりと受け入れた事、そしてその異能について誰も言及しなかったのが何故なのかを漸く理解した。


 指輪には周囲の人間からアケヒの能力を曖昧に見せる効果が付与されていた。


 ---本来であれば、前妻との間に既に三人の男子がいる公爵家に私の血は入らない予定だった。


 指輪の中のアケヒが言う。


 暫く辺境で暮らしていたが、裏庭に作った畑の実りがよく、隣近所から乞われて成長剤や、腐葉土に付加する薬草、殺虫剤等を作り方を含めて分けているとその評判が領主である辺境伯家の耳に届いた。


 様々な農機具を作って役立てている様も見て、辺境伯が気に入り、屋敷へ招かれ、そこで農業指導の一部を担う事となった。


 辺境伯もまた、立ち居振る舞いからアケヒの出自を察したようだったが、王都の高位貴族の奥方とは違い、実利重視で何も問わなかった。無論調査はしたのだろうが、足取りはつかめなかっただろう。何しろアケヒは穏形に穏形を重ねていた。貿易船の密航すらばれていない。


 ばれそうになれば、また逃げるつもりだった。


 辺境伯家に雇い入れられた有能な女の噂は偶然辺境伯家遠縁であった、王都の高位貴族の奥方に知られることとなった。


 奥方は確信があったのだろう。ある日やってきて花飾りを作ってくれるよう懇願した。


 それに何か効果を込めたのかは記録に残っていない。


 紆余曲折あり、アケヒの能力を惜しんだ辺境伯はアケヒを養女とし、奥方は地位を得たアケヒを妻を亡くした息子の後妻に押した。


 アケヒは年の半分を辺境で暮らす事を条件にそれを受けた。


 それが、この国の公爵家への嫁入りの顛末だった。


 前妻の子である男子三人はそれぞれが成人していたし、いずれは長男が爵位を継ぐ。夫が公爵家の当主である期間は短いだろうと社交や家内の事は長男の嫁に任せて気楽にものづくりしながら過ごしていたアケヒだったが、長男一家が事故で亡くなり、次男と三男が流行病で亡くなった。


 夫に後継が必要になった為、子を設けてくれないかと相談された時、アケヒは二十代の終わりに差し掛かっていた。


 夫は四十代。無理がある年齢ではない。


 いっそ離婚して、それなりの家格の女性を再び娶るのも良いのでは、と提案したが、夫はなぜかアケヒが良い、と言った。


 躊躇いはあったが、血を分けた子を得る機会は恐らく今しかないだろうと思ったアケヒは承諾した。


 ---大陸には異能が存在する。「魔力」に起因する能力と考えられているが恐らく神力と元は同じように思われる。高位貴族家は積極的に異能者の血を入れてきた為、弟の予測した「器の容量の拡大」と「力の発現の可能性の上昇」が起こるだろうと、注意深く息子を見ていたが、異能も神力も発現はなくほっとした。恐らく息子は自分の置かれた状況に満足していたのだろう。不足を感じなければ力の発現の切っ掛けは無いように思う。


 アズュリアはそこで、深く息をついた。


 己に異能が何故発現したのか、はからずも理解してしまったからだ。


 とはいえ、曾祖母の代の公爵家は男子三人を亡くしはしたが、平穏ではあったようだ。


 ---息子の妻には異能の器はない。これは神力で知覚出来る限りで確信出来ている。私と夫から受け継いだ器は孫の代には半減してしまった事になるが、それでこの国の貴族並みである。問題は無いだろう。孫の婚約者には器が見られるがごく小さい。孫自身も状況に不満はないようだ。これで問題なく公爵家は続くだろう。出来ればこのまま永遠に見守っていたいがそれはかなわない。


 ---恐らく根源は同じ、とはいえ、異国の力には違いない神力を混ぜて、可能性は低いが後の子孫に何か影響が出てしまうかもしれない。じき死にゆく身では対処のしようもない。長年役立ってくれた、故郷で作った物の中で唯一残った鞄にわが身を守るために作った装身具を一式封じる事とする。子孫のうち神力が発現した者にのみ目に留まるよう隠形を付与して。指輪には遺言を。弟のような人物でない事を願い、それもまた力として込める。全てを明かすべき時にこれらの物が現れるように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ