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 それから暫く、アルカミラ領都の東門からひっきりなしに出入りする大型輸送馬車が見られるようになった。


 中でも、本来であれば四頭立てで運用されるはずの馬車が、真っ黒で大きな魔馬二頭に引かれて力強く風のように走る様は嫌でも街道で目を引いた。


 北の辺境伯オズダトリアから提供された馬たちだという。


 今回の渇水事業を知っての申し出だとか。


 お蔭でより遠方、より大量の輸送も随分と効率よく回っている。


 魔馬の世話の為に辺境伯領から数人が派遣され、アルカミラ公爵邸の馬小屋に詰め、魔馬の扱いに慣れた御者も数人が交代で控えている。


 統率係としてやってきたのは、前辺境伯マグドゥールだった。


 公爵に言われて顔合わせをした時、アズュリアは表情こそ変えなかったが、内心呆れていた。


 「お早い手配でございましたね。公爵には有難いお申し出でしたでしょうが」


 「何、嫁が親族なのだ。協力は当然だ」


 つらりとマグドゥールは言い、アズュリアは肩をすくめた。


 彼はしょっちゅう工場へ、というよりアズュリアの調合室へ入り浸っていた。


 最初は機密や衛生の為にも来るなとアズュリアは拒絶したのだが、どうやってか公爵の許可を取り、きちんと別邸入口に設けられた浄化室を通って靴を履きかえ、調薬ローブを着てやってくる。


 調薬室の隅に応接用のソファがあり、最初は何故こんなものがあるのかと思ったが、マグドゥールはそこに居座って茶を飲みながらアズュリアと世間話に興じている。


 いや、アズュリアはシルキリ錠剤を作成する合間に返事をするのだが。


 「そう言えばな」


 ふと思い出したようにマグドゥールが言った。


 「例の記事が出たせいもあるのだろうが、この度の水関連の発明やら事業やらでそなたの評判が上がっているそうだ」


 「あら、そうですか」


 どうでもいい、と言いたげに、実際どうでもいいのだが、アズュリアは答えた。


 「これほど有用な婚約者をむざむざ手離し、見た目だけの令嬢に走ったと第二王子の評判は下がる一方だそうだ」


 「元々下がるほど評判も良くなかったでしょうに」


 「はは、手厳しいな」


 マグドゥールは愉快そうに笑った。


 「そなたの言っていた焼き菓子だがな、言われて仕方なく口にした者の話だと、妙に甘ったるい味で旨いとは思えないが、酒に酔ったようになったそうだ。たった一口で」


 「まあ、忠告は間に合いませんでしたか」


 「大量摂取と常用は避けるように言ってある」


 「少量たまに摂るくらいなら、あまり問題は無いとは思います」


 敢えて食べさせたのではないだろうな、とアズュリアはマグドゥールを見やるが彼は素知らぬ顔をしていた。


 「あれは常用するとあの妹のようになるのか?」


 「どうでしょう。私もあれが一体どういった物なのかよく判らないのです」


 「そなたの異能でも難しいか?」


 「常用しているのが妹と恐らく母くらいしかいませんからね」


 サンプルが少なすぎる。


 鑑定では、中毒性やそれによって起こる身体異常の説明は出てこなかった。


 まだ能力値が低いのかもしれない。


 このあたりはアズュリアの知識量にもよるのでなんとも言いようがない。


 「中毒性のある薬についてはじっくり調べてみるしかないと思っています。今は時間が無いので」


 「なるほど」


 「師匠に依頼してもいいかなと思ってはいるのですが」


 「ああ、エスタリアの。連絡は取れているのか?」


 「ええ」


 監視の厳しい公爵家に平民から手紙が届けば即座に検閲なり入るだろうが、そこは問題ないのか、とマグドゥールが目で問うが、アズュリアは素知らぬ顔で流した。


 どうやってか、直接やりとりが出来るらしい、とマグドゥールは理解した。


 「あれの事については師匠にも尋ねています。薬草の特定が出来なかったので、類似した物を知らないかと」


 エスタリア公爵家の現状についても大まかに知らせてある。


 「グノウ家の庭師についてだが」


 とアズュリアは顔を上げた。


 「現状、二名で切り回しているようだ。先代の頃から勤めている高齢な男とその弟子という事だ」


 「弟子……息子ではなく?」


 「老庭師には子がおらず、代わりに途中から雇われた使用人を弟子にしたらしい。その弟子は街で見かけた孤児だったそうだが、雇う切っ掛けはそなたの母親がどうしても「あの子が欲しい」と言ったからだそうだ。「あの銀髪がいい」と」


 銀髪がいい、とは。


 「昔から銀髪に拘りがあったようだな」


 「庭師の身元は孤児と言う事以外は?」


 「調べさせているが、判らんな。当時は孤児院にいたらしい。孤児院の記録には、幼児期に孤児院の前に置き去りにされたとなっていた。推定二、三歳の頃だそうだ。グノウ家へ使用人として引き取られたのが十一歳の頃。そなたの母は九歳だったそうだ」


 九歳の頃からこだわりがあったというなら、何故エスタリア公爵と恋仲に等なったのか。


 むしろ自分と同じ銀髪を選びそうなものだが。


 「銀髪が出るのは貴族家に多く、庶民に現れた場合は貴族の血が疑われる。誰も何も言わんがな」


 「つまり、どこかの落し胤の可能性もあると」


 「ま、可能性だがな。瞳の色は薄茶色らしい。これが紫や青だったりするとそれなりの家が思い浮かぶが」


 銀髪に青い瞳と言えば、王族に近い家系になる。他ならぬアルカミラ公爵の瞳も恐ろしい程の青だ。髪色は銀というよりアッシュグレイだが、色素が薄い事に変わりは無い。


 思えば母の持つ色はそれに近い。だが、王家の銀髪は少し通常の銀髪とは質感が違う。白っぽいというか透明というか現状特徴的なその色を持っているのは豊かな南方公爵家へ嫁いだ王妹とその子供達のみである。


 「紫の瞳はどこです……?」


 一方そんな家があっただろうかと首をひねる。


 マグドゥールは片方の口角を上げて笑みを浮かべた。


 「エスタリア公爵家だ。そなたの曽祖父は美しい菫色の瞳をしていた」

毎朝起きると具合が悪く、暫くすると落ち着くんですが、よくよく考えると脱水気味で目覚めるのではないかと思った間抜けがここに。

今朝の頭痛はひどかった……


沢山見に来てくださってありがとうございます。

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