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いつも異能を使っていたが、元々の設備で浴槽に水を張る。ここの水道は水路の水を濾過、浄化したものだ。
温度を上げるのは異能で行う。
一度外へ出て衣服を脱ぎ捨て、手早く身体を洗って、浴槽に身を沈めた。
昼間水風呂に入ったとは言え、森の中を枝を伝って移動したり、海岸沿いを延々潮風に吹かれて移動したりで、汗と埃と潮でべたべただった。
はあ、と息をついて浴槽の縁に頭を預けた。
目を伏せて暫くそのままでいた。
---アズュリア、寝ないでね。
「うん……」
アルテラが心配して声をかけたが返事はすぐに返ってきた。眠ってはいないようだ。
---昨日言ってた馬小屋に何日もいたことがあるって、マグドゥールに話してた件?
「そう……。あの後も何回かあったわ。私も内側から鍵を開ける方法を覚えたし、別になんてことはなかったんだけど、ただあの母親がまともじゃないと気づいたのもあれが切欠だったわね」
ふうと溜息をついて目を開いた。
「王子の婚約者の体調不良が一週間も続けば、王宮が動くに決まっているでしょ?私は正直に親が私には関心が無いって報告してたし。初回は王妃殿下が医師を派遣してきたけど、それだけでまずいと思うものじゃない?そもそも王子の婚約者を衰弱死させでもしたらどう言い繕うつもりでいたのかしら。目障りだからどこかへ押し込める、それしか考えてないのよ」
---考え無しって事?
「そう。短絡的。だから何度も繰り返したの。王妃殿下は医師の他に教師や侍女を派遣して、バリエーションをつけていたのにね」
笑いながら、両手で湯をすくって顔にばしゃりをかけた。
「単に頭の中が残念な人かと思っていたんだけど、あの草の入った焼き菓子を何年も食べ続けていたのだとしたら、そのせいもあるのかもしれないわね」
---思考能力を奪われてるって事?
「脳の働きを鈍らせたり、苛々させたり、そういう作用があるのかもしれないわ。そう考えると妹のあの癇癪もその影響があるのかもね」
廊下へ叩きだした侍女に茶器を投げつけた挙句足蹴にするのだ。貴族家の令嬢が。
「ま、元々の性格かもしれないけど」
妹にされた数々の嫌がらせを思い出しながらアズュリアは呟いた。
息を止めて、ぽちゃんと湯の中に頭の天辺まで潜り込む。
短くした髪が湯の中を舞う。息が続く限り潜って、顔を出した。
「第二王子殿下も食べさせられていたようだけど、あの残念具合は別にそのせいじゃないわよね。多分」
元からだもの、と呟いた。多少助長されているのだとしても。
---父親は?
問われて、動きを止める。
多少考え込む様子を見せたが、首を振った。
「わかんない。五歳の私を一人だけ領地へやった事が厄介払いだったのか思いやりだったのか。王都に戻ってからは、母親と一緒になって妹だけを可愛がったり、私を妹に対する思いやりがないと責めたりしてたし、そもそもあの母親を結婚相手に選ぶ段階でどうかしてる」
見染めたのは母親が十三か四の頃だったらしい。デビュタント前だったとか。
妖精のようだった、とか。
その頃から中身が残念だったかどうかは判らない。
「まだアケヒは存命だったのよね。特に反対しなかったのだとしたら、その頃は問題ないと思われていたのかしら」
---今度マグドゥールにきいてみたら?
「そうね」
その時の状況を知っている人間に尋ねてみるしかない。
再度前辺境伯の下を訪ねるのは確定してしまった。
---どっちみち薬草採取に山に入るのに顔を出せって言われたじゃない。
確かに、自領内に入ったこちらの魔力を感知できるというのであれば、顔を出すしかない。
---面倒って思う?
「前辺境伯が信用できるかどうか判らないもの」
まだ敵とも味方とも判断つかない。
「実家やグノウ伯爵家みたいにこっそり潜り込めないし、確認のしようがないわね」
どうしたものか、と思う。
---アケヒの弟子とか街で探してみたら?
「それもいいわね……」
地道に当時を知る人間に聞いて回るしかないだろう。
梅雨明け、まだ、して、ない……多分。
という所に住んでおります。
しかし暑い。暑いです。
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