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05

 アズュリアは鞄の口金を開け、中から調味料箱を取り出した。


 調味料箱は鞄の口より大きいのだが、どういう作用なのだろうかと毎度思う。


 そして中に様々な調味料の瓶を詰めているこの箱は、もともと薬草の仕分けに使っていた物ではあったが、現在調薬道具と言えるのか?と疑問に思う。


 思いながらも、鞄の能力とでも言うべきものが、使用しているうちに変化している事も感じ取っていた。


 ありていに言えば、容量が増加している。


 そして、一度調薬に使用した入れ物であれば、そこへ何を入れても収納が可能になり、現在は、建前である入れ物さえ必要ではなくなった。


 何でも入ってしまうのだ。


 何でも入る事に気が付いたのは、直接調薬室に持ち込まれたが流石に入れ物が足りず、褒賞金を試しに直接放り込んだ時だった。


 まさかと思いつつも、街で買い物した物をどんどん入れて行っても一杯にならない事で確信した。


 そして同時に、「大した力ではない」ことになっていた己の異能が、強くなっている事にも気が付いた。


 長年地道に薬草を育て、薬を作ってきた事によるものか。


 とはいえ、急激に変化したように思われた。



 一体何が切っ掛けだったのか。



 アズュリアはあれからずっと考えているが、一つ嫌な予測が立ち、目をそむけた。


 今日は料理長から良い肉を一塊分けてもらった。


 初日に食事が運ばれなかった事で、色々な事情を察したアズュリアは、翌日自作のハンドクリームと幾ばくかの金子を持って厨房を訪れ、料理長に食材を分けてくれるよう交渉した。


 最悪料理人まで自分を拒否してきたらどうしようかと思ったが、不思議そうな顔をしながらも金は受け取らず、肉や卵等の食材を提供してくれた。


 「もともと公爵家の予算で購入している食材ですよ。奥様からお金を頂く理由がありません」


 至極もっともな事である。


 ハンドクリームは受け取ってくれた。


 厨房内に限らず、水を扱う下働きの人間には大変喜ばれたらしい。それを聞いて、時々差し入れようと思った。


 それはさておき。


 調味料箱を取り出した時、見慣れない箱がその下にある事に気が付いた。


 この鞄から物を出し入れする時、「普通の」出し入れの際は大きさ相当の内側が現れるが、異能で出し入れする場合、靄のような物が発生しその中へ手を入れて対象物を思い浮かべる事になる。直接見えるわけではない。


 調味料箱は異能のカテゴリなのでそれ以外の物が現れるはずはなかったのだが。


 不思議に思いつつ両手に収まる大きさの、シンプルな蔓草の意匠が施された、ちょっとした小物入れにも見える木箱を取り出した。


 入れた覚えのない物だ。


 蝶番のついた上蓋を持ち上げる形になっている。


 そっとその蓋を持ち上げると、一枚の紙片が目に入る。



 ---継承者として問題ないと判断された時に譲られる。アケヒの遺産として。まずは指輪を。



 アケヒとは曾祖母の名前だ。鞄の内側に刻まれている。


 紙片を取り上げるとその下には金の指輪と腕輪とネックレスが入っていた。


 見るからに異能の力の込められた物だった。



 


 調味料箱を作業台に置き、肉に合うハーブと岩塩を混ぜ合わせた瓶を取り出す。


 肉は分厚く切っても三枚になった。二枚は、綺麗に洗って乾かしてある保存用の箱に入れて鞄へ。


 残った一枚にまな板の上でハーブソルトを揉みこむ。


 このハーブソルトも自作である。


 これ以外にも、調味料入れには薬草を利用した様々なタレの瓶が収まっており、全て自作である。


 アズュリアは王宮の調薬室で薬を調合する傍らこういったものをよく思いついて作っていた。一歩外に出れば他者の目が煩わしく、調薬室にいるのが一番気楽ではあったが、中で出来る事は限られていたせいもある。


 おかげで、自分で料理をするようになった。


 調薬室は自分の城だった。


 第二王子の婚約者に使命されて唯一良かったと思った事だった。


 知識のない者には触ってほしくない物もあるので、掃除も自分で行うようになり、調薬で汚れたローブを洗うのも手早く特殊な処理が必要な事も多く自分で洗濯するようになった。


 身の回りの事が出来るようになったのは異能のおかげでもある。


 その前に、実家でよく自室へ突入してくる妹を避ける為、そっと厨房や裏庭の洗濯場や使っていない客室等、間違っても妹が寄りつかない場所を選んで移動し、使用人たちが働くさまをよく見、時折質問等していた事も助けになっていたのかもしれない。手順や方法をそれで知った。


 担当医師と薬師は何も言わなかった。


 当たり前と思っていたのか、細かいことは気にしないのか。どちらも男性だったので、そういう方面には意識が行かないのか。


 少なくとも王妃直下の侍女等が見たら何事か言われただろうが、調薬室にだけは彼女らは入ってくる事もなく。


 八歳から八年、そういう生活をしてきた。




 美味しく焼きあがった肉に庭でちぎってきた様々な薬草の葉を添えて。


 畑で収穫したジャガイモと玉ねぎと大きすぎる程育ってしまった二十日大根の煮込みをよそい。


 厨房から分けてもらった白パンを籠に盛って。


 訪れた平穏に感謝しながら食事をとる。


 これまでの人生を思えば天国のようだった。


 「食事も美味しいし、幸せだわ」


 しみじみとアズュリアは呟いた。


 そうして目を背けていたが、他に話し相手がいるわけもない一人暮らしである。


 食事を終えて、茶を入れて、作業台に置いたもう一つの箱に諦めたように目をやった。




 箱の中からまず指輪を取り上げた。


 矯めつ眇めつ眺めたが、何の変哲もない金のつるりとした指輪だった。


 仕方なく左手の中指に嵌めてみた。


 するりと肌触りよく滑り、ぴたりとおさまる。


 まるでそここそが居場所であるというように。


 そして異能により、その指輪の力と意味を理解した。

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