04
「どういうことだ。侍女を手配するように言ったはずだ」
玄関扉が閉じられ、家令と二人、待たせていた馬車に乗りこんで公爵は冷ややかな声で問うた。
家内の手配は執事の担当なので、家令も把握は出来ておらず、顔色を悪くする。
「早急に確認を行います」
「夫婦としての実態は望まないといえど、冷遇せよとは言っていない。衣食住の保障は私の方から最初に出した条件だ」
「はい」
「そもそも食事はどうしているのだ。料理できるとはいえ、食材は。畑の野菜だけで賄えはしないだろう」
「そちらも確認致します」
急ぎ屋敷へ戻り、執事長を問いただすと、執事長も顔色を変えて侍女長と担当を指名していた侍女を呼び出した。
侍女は本邸の侍女部屋で休憩中だったという。
呼び出された場所に家令と主人までもがいるのを見て、侍女長も執事長と同じく青くなり、若い侍女は訳が分からずきょとんとしていた。
「先ほど、旦那様と奥様の離れへ行って来た」
家令の言葉に、侍女はあからさまにまずい、という顔をした。
それを見て、公爵は不愉快になった。公爵家の使用人は個人の感情はともかく、執務には忠実な者を揃えていたはずだ。
「そもそもあなたは、あちら担当の筈だが、何故今の時間侍女部屋で休憩などしていたのか」
執事長が問うが、侍女は視線をうろうろさせて答えない。
さぼっていたことは明らかだ。
「奥様は当たり前のように手ずから茶を入れ菓子を振る舞って下さった。君の仕事は一体何だね?」
家令が畳み掛ける。
「申し訳ありません」
頭を下げたのは侍女長だった。
それで、執事長はこの侍女を紹介してきたのは侍女長だったことを思い出した。
主人に形だけとはいえ若い妻が嫁いでくる事になって、アルカミラ公爵家の色に染まりきった者より、年頃が近い侍女を新たに雇い入れて担当にした方が良かろうと侍女長に相談したのだった。
侍女長は親戚の娘で丁度良い子がいる、王都住まいの男爵家の三女だと直ぐに心当たりを申し出た。
王都住まいであったのなら、女主人と同じ環境でそれも良かろうと、直ぐに面接を行った。
王都住まいらしく垢抜けた娘で、筆記も立ち居振る舞いも問題なかった為即決したのだったが。
「私はそちらの侍女に尋ねているのですよ。一体、君は奥様がこちらへ来られてから今まで何をしていたのか?」
娘は王都住まいであった為、エスタリア公爵家の長女、第二王子の婚約者の悪評の影響をアルカミラ公爵家の人間よりも強く受けていたのだった。
父の従姉妹に当たる人物から、その渦中の人物担当の侍女になるのはどうかと声をかけられた時、男爵家の三女として身の振り方を考えていた事も相まって興味本位でアルカミラ領までやってきた。
親戚である侍女長からは、仕事に対する心構えを厳しく指導されたが、その前に、アルカミラ公爵家の侍女たちと交流を持ってしまった為、新たに来る若い女主人を歓迎していない雰囲気を感じ取ってしまった。
勿論、歓迎していないとはいっても、それで仕事の手を抜くような者は元からいる使用人の中には存在しなかったが、新参者である娘は王都の無責任な噂のままに「適当に扱ってもいい」と判断してしまったのだった。
「君自身の個人的感情はともかく、君は仕事をしなかった。契約違反だ。そんな人間を雇い続ける義理は無い」
娘は初めて、とてもまずい事態だと実感したらしく真っ青になった。
「君を雇った意味はなかった。王都へお帰り。当たり前だが紹介状は用意できない」
仕事をさぼるような人間は誰にも紹介できない。責任問題だから、と執事は続けた。
事ここに至って、娘は慌てて頭を下げ、親戚である侍女長を縋るように見たが、侍女長は冷ややかに見返した。
「先ほど執事長がおっしゃったように、紹介者には責任があります。私も降格か、辞職する事になるでしょう」
娘は衝撃を受け、泣きだした。
「あなたは働くという事の意味が分かっていますか。お給料を頂く以上、それに見合うだけの働きはしなければならないのですよ。最初にそう言い聞かせたはずですが、少しも耳に入っていなかったのね」
私の指導が至りませんでした、と侍女長はもう一度頭を下げた。
それを言うなら、面接をして採用を決めた自分にも責任はある。執事長はそう言って、部屋の奥で椅子に座って一部始終を眺めていた主人に向かって頭を下げた。続いて侍女長も更に頭を下げた。
主人である公爵は溜息をついて、椅子から立ち上がった。
「事情は分かった。その娘の始末が付いたら報告してくれ。執事長と侍女長の処遇については私が預かる」
家令も頭を下げ、公爵はやれやれと言いたげに部屋を出て行った。
後ほど公爵は家令から報告を受けた。
娘は解雇して王都の実家へ帰したこと。
この家にいる間にした事は侍女長の教育を受けた事、噂話に興じたこと、昼間は侍女室の茶と菓子を堪能したこと。
聞けば最初の離れへの案内にさえついて行かなかったという。屋敷に慣れた古参の侍女が引き受けてくれたから、と言い訳していたらしい。
離れへ食事を運ぶのも面倒に思ったので、「奥様は食事は必要ないとおっしゃっている」と料理長に嘘の連絡をしていた。
よくそれでばれないと思ったものだが、当の女主人は食事が運ばれないことに抗議などせず、直接厨房を訪ね、自作のハンドクリームと幾ばくかの金子で食材を分けてくれと交渉したらしく。
訳が分からないまま料理長は「食事が必要ないとはこういうことなのか?」と解釈し、金を受け取るわけにはいかないが(そもそも公爵家の予算で買い付けられた食材だ)ハンドクリームは受け取って、卵や肉類等を渡していたらしい。
ちなみにハンドクリームは手荒れに良く効き、厨房に限らず水を使う下働きの人間に喜ばれているらしい。
また部屋の掃除など行うメイドについては、専属ではなく本邸の人間が順番に出向く事になっていた為、担当侍女である娘から「不要」と言われると、離れへ足を向ける事もなく、誰も世話をしていないとは夢にも思っていなかったらしい。
全てを聞き終えて公爵は心の底から溜息をついた。
「全て落ち度があるのはこちら側のようだな」
家令とともに執務室へ入っていた執事長と侍女長は同時に頭を下げた。
「さて、彼女は身の回りのことは全て自分でできるので侍女もメイドも不要だそうだ。他人が来るのは面倒なのでこれからも来させないでくれと言われてしまったよ。どうしたものかね」
侍女長と執事長は顔を見合わせた。
およそ高位貴族の令嬢であった人物が言う事ではない。
「実際部屋は綺麗に使われていたし、出された菓子は手作りだった。物干し場には洗濯物が干されていたらしき形跡もあった。調薬を手伝える者もうちにはいないし、出入りする理由がない」
ひらひらと手を振る。
「それは、奥様を監視する事をおっしゃっていますか?」
家令が確認するように尋ねる。
王都の悪評についてはそれが全て真実であるとは、少なくともアルカミラ公爵家内部の人間は思っていなかった。
第二王子のやらかしを聞いてますますその感は強くなった。
それでもアルカミラに仕える者達には矜持があり、噂が真実でなくとも、そういった「悪評を引き寄せてしまった人物」はこの家にふさわしくないと考える。
彼らは主人に絶大なる忠誠を誓っているのだ。
そして主人も、代々引き継がれてきた「使命」の為に存在している、という意識が強く、その妨げになる因子は全て遠ざけておきたいと考えているような人間だった。
「あのままというわけにもいくまい?」
公爵は少し身体から力を抜いて椅子の背もたれに背中を預け、足を組んだ。
僅かにほっとして家令もまた少し息をついた。
「庭師を利用されてはいかがです?」
そしてどうリカバリーするか考え続けて思いついていた事を提案してみる。
「あそこには専属庭師だけでなく庭師頭始め他の庭師も出入りしています。純朴な者達なので間諜の真似事は無理でしょうが、様子を知りたいからと言って報告させる事は自然でしょう。一人ではなく複数人の目があれば多角的に情報を得る事も可能でしょう」
公爵は庭で妻と一緒に花の苗を植えていた男を思い出す。
妻程ではないがこの国では珍しい濃い色の髪と目をしている外国人だった。数年前、雇い入れた際、一度顔を合わせた覚えがある。
「奥様は侍女やメイドを不要とおっしゃるが、不便や困ったことなどおありではないか気を付けておいて欲しいと言っておけば疑問も抱かず協力してくれるでしょう。力仕事など必要そうな事があれば出来るだけ手助けして差し上げてほしいとも言っておけば、家の中の様子をうかがえる機会もあるかと思います」
「なるほどな」
「家内だけの事ですし、人目もありませんが、男だけが出入りするのも問題でしょうから、庭師の妻らに差し入れなど持たせるように致しましょう。侍女でもメイドでもない者を選んで」
庭師は皆住み込みで、庭園内の別棟に住居を用意している。家族は同じく屋敷で働く者も多いが、流石に侍女はいなかった筈だ。そもそも侍女は殆ど下位貴族の娘でもあるし。
「細かいことは任せよう」
公爵は頷いて、執事長と侍女長を見やった。
「そなたらの処遇の件だが」
二人は同時に頭を下げる。
「信用できる部下を選んで現在の各々の業務を分担するといい。侍女長と執事長が二人ずつとなると命令系統が問題だろうから……まあ副侍女長、副執事長とでもするか。やり方は任せるが、目が届かない、という事態が起こらないように」
今回はそれが問題だったのだ。
とはいえ、まさかこんな事をしでかす人間がいるとは思っていなかったのだったが。
「今回の事は、私にも彼女を侮る気持ちがあり、それが影響してしまったのだろうと思う。二人の責任は不問とする。次は無いが」
二人は深く頭を下げた。
「改めて言うが、私は彼女を冷遇するつもりはない。我が家は魔力研究の為に存在するのであり、彼女は希少な異能者だ。立場を尊重するよう使用人には言い聞かせておいてくれ」
家令も含めて三人で「かしこまりました」と頭を下げた。
書いて没にして復活させる……
このパート、後で書き方を変えようか……
沢山見に来てくださってありがとうございます。
テンプレってすごいのね……