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 屋敷の表側、それも二階の執務室らしき方へ連れて行かれる事が判って、麦わら帽子を脱いだ。


 執務室ではなく、その隣の応接室へ入るよう促され、アズュリアは黙って従った。


 そこには家令がいて、一つ頭を下げた。


 「手紙を頼みたいだけなのだけど」


 手に持った封書をひらりと振ると、横から執事長が恭しくトレイを差し出した。


 手紙を置くと、執事は宛名を見た。


 「オズダトリア辺境伯家へのお手紙でございますね」


 「ええ。お手紙を頂いたので返事を書いたの。よろしくね」


 にっこり笑う。


 「奥様、お座りください」


 家令が声をかけた。


 「長くなるかしら?」


 「短く済ませます」


 そう答えられたのでソファに腰を下ろした。


 「失礼します」


 家令は断って向かいに座った。


 「昼過ぎにこちらへ回された二通の手紙と、それについて奥様から頂いた質問状の件です」


 「どう対応するの?」


 「まずは、あちらの男爵家とエスタリア公爵家と王家に対しては抗議文を送ります」


 「そう」


 「侍女長はあの男爵家の親戚です。侍女長からも男爵家へ手紙を書かせます」


 「判ったわ」


 「王都の大手新聞社に記事を書かせます。ありのまま」


 「そう」


 それで噂はおさまるだろうか。社交界は面白おかしく楽しみたいだけなのだ。きっといつまでも騒がれるだろうが、新聞記事の方も面白おかしく消費されるだろう。男爵家の娘もエスタリア公爵家もダメージを受けると言えば受けるのか。


 「この度は、私どもの不手際で奥様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


 ふと気が付くと、立ち上がった家令と執事長、そして、いつの間にか入ってきていた侍女長が、揃って頭を下げていた。


 ぱちぱちとアズュリアは瞬きし、そして事態を理解した。


 そう言えば、侍女が仕事をしなかった件については経緯の説明はあったが詫びられていなかった。侍女とメイドは不要と告げた後だったので、別段それで構いはしなかったが。


 「こちらこそ、やっかいな元実家と元妹で申し訳ないわ。判ったでしょうけど、こういう人達なので気をつけてね」


 微笑みながら応える。


 「こちらへ来る時に、除籍の届けを出してきたから、もう私には関係ない家なのだけどね」


 せいせいしたといわんばかりのアズュリアに、三人は目を見開いた。


 「アルカミラ公爵家としての対応は判りました。私も国王陛下と王太子殿下に手紙を書きます。とりあえず第二王子殿下の暴走でしょうから、お知らせして差し上げる意味もこめて。書いたらまた持ってくるので、お願いしますね」


 少し脅しておこうと考える。王太子の方が効果的か。


 「奥様、それと」


 再び席を立とうとしたタイミングで家令にとめられる。


 「旦那様と主だった領地との調整が終わりそうです。まずは水の移送が始まります。渇水の影響が出始めている領から」


 「ああ、そうなのね」


 どう調整するかは公爵にまかせたが、非常事態でもあるので、格安でまずは近隣の領で水が欲しいという所へ飲み水から運ぶ事にしたようだ。


 錠剤に水を吸収させ、水袋を作る工場は、屋敷の敷地内に作られた。


 水のろ過浄化設備は公爵家の機密が詰まっている。万が一を考えての事だ。今後継続的に事業として行う事は想定には入れていない。異能者、特にアズュリアの力による作業が多い為だ。


 「工場の準備は終わっているし、いつから作業に入ればいいかしら」


 「旦那様が帰宅なさってからになりますが、恐らく二、三日うちに」


 「判ったわ。急いで手紙書いて来るわね」


 今度こそ立ち上がって、アズュリアはひらりと身をひるがえした。




 ---今晩、王都まで行くわ。


 ---了解。忙しくなる前に座標は作っちゃいましょう。


 離れまで軽く走って移動しながら今晩の予定を決める。麦わら帽は飛ばないように顎下でリボンを結んだ。


 ---新聞社を利用するってちょっと驚いたわ。


 アルテラの言にそうねと返す。


 無難な事しかしないと思っていたのだ。


 王都で生まれて、それなりに育ちつつある新聞社に目を付けるとは。


 そのうちプロパガンダに使われる可能性も考慮して王家からそれなりの矯正が入るだろうが、今は、印刷技術の向上と質は悪いが植物紙の生産向上を促す目的でお目こぼしされている。


 毒を含んだ徒花のようだが、利用するとしたら今のうちだ。


 ---あの家令、もしかしたらこういう事態を予測して、どう対処するか考えていたのかもしれないわ。


 ---あら、旦那様の案じゃないの?


 ---今、公爵閣下は渇水の話で忙しい筈だもの。まあ、私のせいなんだけど。


 ---つまりあの家令、旦那様の懐刀って事ね?


 ---多分ね。


 公爵の父親の年齢に近く、恐らくは前公爵の時から家令として勤めていたのだろう。抜け目のない目をしている男だった。


 最初は実利一辺倒に見え、公爵家にとって不利益をもたらすようであればアズュリアの事も排除する気満々だったように思う。


 そういう鋭さを見せていた。


 ---うっかりすると殺されるかも、って思ったのよね。


 ---あの家令?


 ---そう。田舎で事故にあって亡くなる、とかありがちじゃない。


 王家も一つの可能性としてそういう結末も考えていたのかもしれない。


 アズュリアが下手をやらかして「処分」されれば、王家が後始末に手を汚さずに済む。


 ---今は役に立ってるから様子を見てるって所かな。


 ---おっかないわねえ。


 大して怖くもなさそうにアルテラが言った。


 ---ま、家令の気持ちも判るわよ。


 忠誠心の厚い男には見えた。


 であれば、主人には「ちゃんとした」奥方を迎えてほしいのだろう。家の為にも。

つつじに絡み付いていた蔓をがんがん引きちぎっていたら、蜂に刺されました。

顔面と手を。

慌てて家の中へ戻り、顔洗ったり虫刺されの薬ぬったり。

色んなものを放り投げて逃げ戻ったので、片付けに出たら、もう一回刺されました。なんでだよ。


沢山見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。

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