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---ねえ、アルテラ。
---何?
---ちょっと気になる事があるんだけど、王都へ転移ってお願い出来る?初めて街へ出た時と同じ感じになっちゃうけど、乗合馬車で五日の距離だと大変かしら。
---やり方によるわよ。森の中とか山の中を移動するなら大して時間はかからないわ。人目を気にする必要が無いから。
---ちょっと街に転移してくれる?軽く東門から先の様子見てすぐ戻ってこよう。
アズュリアは台所の戸締りをして、居間と寝室の施錠も確認した。寝室庭側の窓は開けっ放しだが。
姿変えの指輪をつけ、街門に一番近い木立ちへ転移。
ローブのフードを深くおろして、街へは入らず、街壁沿いに東門へ向かう。
街壁の外側は、広大な農地が広がっていて、その中を水路が走っている。日照り続きだが、畑は青々としている。
水路にそってゴシュフク草も青々としているが。
時々、そのゴシュフク草を抜いて荷車に積み上げている農民を見かけた。
領地全体で茶として飲む事を推奨されているので、こうやって集める事はしょっちゅう行われているのだろうが、それにしても勢いが良い。ゴシュフク草に渇水は影響ないのだろうか。畑と違って水遣りなどされていない筈なのだが。
適当な木立を見つけて転移を行い、東門へ出る。
東門は北門より大きく、王都へ続く主幹道路とつながっている。
見ている間も、馬数頭を繋いだ大きな馬車や、荷馬車、乗合馬車等が行きかっている。北門ではあまり見ない光景だ。
---賑やかねえ。北門より遥かに出入りする人も多いし、その割には列もすぐにはけているし。
---門番と職員の人数がそもそも違うのよ。
門から目を離し、東へ目を向ける。
門周辺は広場になっていて街へ入らない馬車や人が留まる野営地も兼ねていた。水場やトイレも完備されている。
石垣に囲まれ、広場から外へ野営地を広げる事は許されていない。
野営地の石垣に沿って、広場で寝泊まりする人間を当て込んだ屋台が並んでいる。屋台の場所も決められているようだ。
領兵はいないことになっているアルカミラだが、同じ服装をし腰に剣を佩いた男達が数人で見回りをしている。
治安維持のための組織で、警備隊と呼ばれている。
---今日は多いの少ないの?
アルテラは変な事を気にする。
---私がここへ来た時は、もっと多かった気がするわ。夏の物流って例年どうなのかしらね。
---移動は厳しいでしょうけど、需要があれば動くでしょうから、やっぱり渇水の影響があるのかしら。
---アルカミラは水が豊富だから今だと来たがる人は結構いるかもしれないけどね。
街の貴族家は長期滞在の客が多く、宿泊施設も盛況だとつい最近街の噂で聞いた。
---で、道だけど。
東へ向かってまっすぐ伸びる道を見やる。
両脇には広大な畑。
---隠れる所ないわね。
ぽつりぽつりと農家の住居や小さな集落が畑の中に見える。
---人のいない家畜小屋と納屋伝いに行くのはどう?
---いいけど、平気?
アルテラが若干心配そうに尋ねる。
---え、何が?
---家畜小屋とか、綺麗にしている家ならいいけど、それなりな所もあるわよ。
---構わないわよ。実家で馬小屋に何日もいた事があるし、領地で豚小屋掃除したことあるし。
---え、どういうこと。
驚いたようにアルテラが尋ねる。
---詳しい話は今度ね。
木立ちに戻り、まずはあそこ、と一番遠くに見える農家の納屋らしき小屋を指さした。
---人いない?
---いないわ。
---見つかりそうになったら、ここか、寝室へ戻ること。
---了解。
何軒かの家の納屋と家畜小屋を経由して、森の中を道がつっきっている場所まで移動した。
---暫く森の中を道が走ってる。広い道だし、交通量もそれなりにあるから、危険は少ないけど、領の警備隊も一定時間を置いて見回りはしている。
---うん。次は直接この森の中に転移しよう。
アルテラはほっとしたように言った。
---今日はここまでにしておく?
---森ってどこまで続いてるの?
距離を稼いでおきたい、とアルテラは言った。
---じゃあ、あの木の天辺へ移動させて。
ひときわ高く見える木の上を指さしてアズュリアは言った。
アルテラは溜息をつきつつ、黙って言われた場所へアズュリアを転移させた。
きちんと人一人支えられる枝を選んでくれたらしく、アズュリアは枝の上に立つ事ができた。
---こんな感じ。
道沿いに目をやる。
遠くに湖が光って見える。そこだけ森が途切れていた。
---そういえば、あそこ休憩地だったわ。
森で野営する者はほぼいないが、野営地のようにしつらえられていた。
今も一休みする馬車や人が見えた。
---とりあえず、見えている限りで一番遠い所へ転移する。
次に現れたのはまた森の中だった。
人がいない事を確かめて道に出てみる。
---森広いわ……
---ここってまだアルカミラ領?
---この森の先に低い岩山があって、そこが領境よ。岩山までがアルカミラ。乗合馬車の御者がそう言ってたわ。
---じゃ、岩山まで行こう。
道に人影が無い事を確認して、道沿いに転移する。
道は木が無い分見晴らしがよく、また起伏が無いため、それから三度転移して岩山に辿り着いた。
---わあ、景色が全然違う。
殆ど樹木も草も生えておらず、赤茶色の岩肌がごつごつと剥き出しになっており、風で砂埃が立つ。
道はそんな岩山も緩やかに蛇行しながら乗り越えて隣領へ続いている。
岩山の頂上でそちらを見下ろす。
アルカミラ側は岩山のすぐ下は草原であり、森に続いているが、隣領は岩山の麓から暫く、同じような岩とむき出しの地面の平地が続き、土が変わるのは少し離れた場所からだった。
---水の影響ね。
ぐるりと周囲を眺めてアズュリアは言った。
---北山の水がこの辺から届いてない。
来る時、そこは確かに草原だったはずだが、隣領の草原地帯は後退していた。
少し行くと森があるので、そこはまだ水が保たれているだろうが。
---今日はもう帰ろう。
一気に寝室へ戻った。
姿変えの指輪を外し、フードをおろして溜息をつく。
小箪笥の上に置いたアケヒ作の置時計を見やる。外へ出ていた時間は二時間弱といったところだった。
---このくらいの時間であれだけ進めるのか。一日かからず王都も行けそうね。
---次は夜にしない?
ふと、アズュリアは黙り込んだが、頷いた。
---ああ……そうね。
---夜の方が人目もないし、動きやすいと思うのよね。
---そうね。
夜は獣の時間だ。好き好んで活動する人間は、都の盛り場くらいにしかいない。
昼間の回線切れが嘘のように現在は快適です。
そしてとても暑い。
今日は何故か晴れたんですが、湿度は下がらず、なんだか頭痛までしてきました。
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