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 衝立は西の窓から寝台に当たる光を遮るようにやや斜めに置かれた。


 勿論外からの視線も遮っている。


 カーテンは夜になると金の飾り紐を解かれておろされ、飾り紐は薬草を仕分けする箱に入れられ花台の上へ置かれた。


 衝立にはしょっちゅうアズュリアの着替えやナイトローブなどがかけられ、ハンガーラックより便利に使われていた。


 やはり、小ぶりのクローゼットが良かったのでは、とアルテラは言う。


 相変わらず執事と並んでクローゼット押しだ。


 「いらないわよ」


 アズュリアはにべもない。


 日照り対策の提案に公爵から許可が出た事で、アズュリアは忙しくなった。


 先日作った畑の傍に、もう一区画南方の植物を栽培する場所を作った。


 こちらは耕したりせず、乾きかけた土地へ切った肉厚の葉を直接挿し木していった。


 もともと砂漠に近い環境で生き抜く植物なので、日照りぐらいで丁度いい、とアズュリアは言った。


 ガルドウは触れただけでその植物の特性を理解したらしく何も言わず、植え付けを手伝った。


 元々一人で耕作するには無理がある畑については、公爵に申請して、魔力研究所で保護している平民の異能者を借り出した。


 力は弱いが様々な異能を持つ彼らの中から農作業に向いた、農作業に抵抗のない人間に自ら申し出てもらい、種イモづくりから畑を掘り返して土を作り、植えつけを行うまで、一通りアズュリアの作業を見せた。


 皆驚いていたが、アズュリアの作業を見た後はそれぞれがそれなりの力を発揮し始めた。


 数人で区分けした事により、アズュリアの畑作業は楽になった。


 畑の傍に彼らの宿舎を用意する事になった。


 日照りがおさまっても、ここであれこれ実験を行うつもりらしい。それは公爵と魔力研究所の思惑。


 もとから古い倉庫があり、そっちは改造して芋の保管場所にする。


 浄化や冷却など、アズュリアの異能ありきの施設ではあるが、それを見ていた異能者たちも、力こそ弱いが同様の能力を会得しつつあった。


 元々彼らの能力は「耕作」「収穫」「雑草除去」「発芽」等、細切れの農作業や、特定の種の栽培などであり、本人たちもどう扱っていいか判っていなかった。ごくごく弱い力でもあり、畑を作って実験はしていたが魔力研究所でもどう実験を進めていくか考えあぐねていたらしい。元より異能研究所ではゴミ扱いで無視されていた能力だ。


 全員で手分けして農作業を行う事で、異能は同方向を向き、真価を発揮し始めた。

 

 公爵はそう解釈した、らしい。


 アズュリアは芋の方は彼らにほぼ任せることにし、シルキリをどんどん増やし、片っ端からゼリー玉の元となる錠剤を作る事に集中することにした。




 はふ、とアズュリアは息をついた。


 最近、畑から帰ってくるとすぐに風呂にはいる事にしているので、まだ外は明るい。


 浴室もアルテラの庭へ開いた窓から日が入っている。


 庭を囲っている石塀に半分阻まれてはいるが、夕暮れの西日なので若干眩しい。


 浴槽は足を延ばして入れる。


 湯は魔法道具で満たせるが、アズュリアは異能で水を満たして、ぬるめに温度を上げる。


 アルテラの庭に植えている薫衣草から抽出した精油を数滴垂らして、浴室には芳香が広がっている。


 このところの毎日の昼間の作業にはだいぶ慣れたが、それでも肉体労働に違いなく、風呂でリラックスするのは不可欠だ。そうしないと疲れすぎて夜眠れなくなったりする。


 髪を切って本当に良かったと思う。


 あんな長髪の手入れなどしていられない。


 ---アズュリア


 アルテラが呼びかける。


 「ん~」


 浴槽の縁に頭を預けて少し意識が薄くなっていた。


 ---玄関に侍女とメイドがいる。


 意識が浮上し、目がぱちりと開いた。


 「なんで……?」


 ---ノックしたけど返事がないから困ってるみたい。


 「いや、出ようにも出られないし」


 ---庭に執事長が回って声をかけようとしたみたいだけど、鍵締めてるしね。


 「来ないでくれって言ってあるし、無視で」


 ---まあ、私は何も出来ないけど。


 まだ日はあるので家の中に灯りはつけていない。


 寝室にいるかもしれないとは思われているだろうが、西側の窓に取りつけた黒のカーテンはおろしてある。西日が最近当たるので。


 「奥様!」


 と、思っていたら、石塀の向こうから執事の強めの呼び声が聞こえてきた。


 浴室の窓を開けているので聞こえてしまった。


 「お風呂に入ってるわ!緊急の用?」


 仕方なく叫び返す。


 声が反響しているので判るだろう。


 「申し訳ありません。昼間お疲れのようでしたのでマッサージ等はいかがかと思いまして」


 昼間の畑周辺には、魔力研究所の人間や公爵自身が作業を視察にやってきたり、使用人が食事や飲み物を持ってやってきたりする。


 アズュリアはあまり近づかずにいる。


 和やかな雰囲気なので、それを乱さぬよう休憩時間をずらしたり、倉庫に入って作業したり、昼食時は離れに戻ったりする。


 「お風呂から出たらすぐ寝たいからいらないわ!」


 使用人たちの態度が最初と違って軟化しているのは判っている。監視目的なのか、思ったより役に立っているからか、役立つと判った上の公爵の懐柔策なのか、不明だが。


 現状、異能含め他者に知られたくない事ばかりあるので、下手に思惑のよく判らない人間に近づかれたくない。

 

 「さようでございますか。ではお休みなさいませ」


 食い下がらず、執事長は引きさがった。


 ほっとして再び頭を浴槽縁に預けた。


 ---みんな帰っていったわ。


 ---明日も来そうね……


 声を出さずに答える。


 万に一つも外に声を漏らしたくなくなった。


 ---面倒そうね。


 アズュリアは片目を開けた。


 ---漸く気楽な生活を手に入れたのよ?折角整えたのに、良く知らない人達にずかずか入り込まれたくないわ。


 ---貴族のお嬢様が何でも自分の事をやってしまうのが、信じられないのよ。彼らとしては好意なんだと思うわよ。


 ---余計なお世話だわ。


 溜息をつく。


 ---私が来るからって雇った子は解雇したんでしょ?だったら、私が世話を断っても、「仕事が無い」って人は出ないはずよ。


 ---そうねえ……


 ---何よ。


 ---彼らにとっては融和策なんだと思うわよ。


 ---私と仲良くして何か得でもあるのかしら。


 ---あるんじゃない?


 ---どんな?


 ---ほら、ハンドクリームとか石鹸とか傷薬とか渡してるじゃない。


 ---ああ……


 主に下働きの人間中心だが。


 ---そんなもの上級使用人には必要ないでしょう。


 それぞれ、こだわりのメーカーがあるだろう。


 ---そうとも言えないんじゃないかと思うのよね。異能持ちが作った物だもの。


 ---それ以前に、私が作った物なんて馬鹿にして使わないわよ。上級使用人って基本貴族よ?


 プライドの塊である。自分が拘って使っている製品以外に手を出すとも思えない。


 ---う~ん、頑なねえ……


 ---この国の貴族なんてみんなそんな感じよ。


 いい加減顔を湯に突っ込みそうになって、ざばりと浴槽から出た。


 心話は声を出さない分、身体が遊離するような気がする。眠いと勝手に寝てしまう。


 大判のガーゼ布で身体を覆い、髪の毛を荒く拭きながら、浴槽の湯を抜いた。


 さっと洗剤で浴槽内を洗って濯いで浴室を出る。


 ---本当に手際がいいわね。


 ---浴槽は入った直後に洗うに限る。


 浴室床もついでに同じ洗剤のついた布でさっと磨いておく。広い風呂場でないのがありがたい。


 寝室へ出る。


 柔らかい室内履きをつっかけて部屋の奥のドレッサーへ行き、鞄から取り出した自作のゴシュフク草をブレンドした化粧水をぱしゃぱしゃ顔につける。


 ---ドレッサーの引き出し、使わないわよね。


 ---鞄は変質しないし。


 ---そうね、そう考えると、あなたって持ち物からして特殊よね。信用できる人じゃないと傍には置けない、か。


 ---今更よ。


 庭の薬草から抽出した精油を少量化粧水の上からつける。それで肌の手入れは終わり。


 これも貴族家の女としては信じられない事だろう。


 だがアズュリアは鏡で傷跡を一度確認しただけだ。


 後は濡れ髪にも精油を数滴使って、指を通しながら髪を乾かした。


 ---調薬の異能で髪を乾かすなんてあなたくらいよね。


 水分を「軽く」抜いただけだ。この「軽く」が大事で、最初に試した時、大変なことになった。髪を切る前だったのでぱさぱさになって絡みまくった。


 ---あるものは便利に使うべきと思うわ。


 ---ま、あなたの今までの生活を思うとそうよね。


 そうしないと生活がままならなかったのだ。


 それでもここまで便利な力は最近発現したのだった。


 いや、今までの生活があったからこそ発現したのか。

 

 大分室内が薄暗くなってきた。


 庭はまだ明るいが、アルテラの本体に灯りがともった。


 アズュリアは今日は高さがぴったり同じドレッサー横の小箪笥の前に花台(大)を並べて置いてテーブル代わりにしている所で茶を入れた。


 最近はこういう使い方をしている。


 花台(中)は窓下。


 花台(小)は場合によって椅子代りである。


 アルテラとお揃いの陶器のコップに茶を注いで、掃きだし窓のすぐ外に置かれた自作花台の上へ置いた。


 最近、風呂に入ったら靴を履きたくないと言ってこういう配置にした。


 アルテラ本体も、窓ギリギリまでなら茎を伸ばせる。どうなっているのかアズュリアにはさっぱりわからないが。


 ---冷えたお茶が美味しい。


 アルテラは上機嫌である。


 アズュリアは花台(小)を引きずってきてそこに腰を下ろした。


 家中閉め切っていて、現在、ここしか窓を開けていない状態なので風が通らないが、窓の際ぎりぎりに座っていると南からの風が当たってそれなりに涼しくはある。日が暮れてきて気温もぼちぼち下がってくる。


 茶を飲んで、ふう、と息をついた。


 ---お疲れね。


 アルテラが花を伸ばしてくる。


 アズュリアはその花をぼんやり見上げた。


 ---まあね。でも睡眠時間は確保できているから、王都にいる時よりはマシよ。


 ---成長期の子供の睡眠時間を奪うなんて、ね。


 アズュリアは笑う。


 ---それでも背は伸びた方だと思うわ。


 食事をまともにとれていたおかげだろう。異能のおかげで野菜は不足しなかった。


 ---もう寝る?


 眠たげな眼をしているアズュリアへアルテラは尋ねる。


 ---執事長にはああ言ったけど、今寝ると、夜中に目が覚めそう。


 ---でも瞼が重そうよ。


 ---眠いのは眠い……


 ---まだ若いんだから、いくらでも眠れるんじゃない?


 ---そうでもない。一度深く眠って目が覚めると、例えそれが短時間でも眠れなくなるの。小さいころから。


 そして昼間に眠気が来たりする。


 アズュリアは無意識に大腿部を撫でた。


 ---そういう時、よく自分の太ももつねったりしてたから、あざだらけだったけど。


 ぴらりとカーゼ布をめくると、真っ白な足が覗いた。傷は無い。


 ---治ってるわ。


 ---いい加減夜着かナイトローブ着たら?


 素っ裸の上に布を纏いつけただけである。


 ---汗が引くまで……と思ってたけど、だいぶ気温も下がったわね。


 ぽいと座っていた花台(小)の上に布を放り出すと、そのまま寝台の向こうの衝立へ歩み寄ってかけておいたナイトローブを取った。


 ナイトローブと言っても、普段アズュリアが着ている調薬ローブと大差ない。これも自作だった。


 身体をぬぐった布は、浴室の中にロープを張ってかけておく。雨天時の物干し用にか金具がつけられていた。


 翌日に他の物とまとめて洗濯する。


 寝室へ戻ると、寝台の上へ身を投げ出した。


 横になると身体が楽だ。


 ---やっぱり寝るわ……


 うとうとしながらアズュリアが寝ぼけた声で言う。


 ---せめて掛布の中に入って。風邪引くわよ。


 うん、と言いながらごそごそと掛布の中へもぐりこむ。


 ---虫入れないでね……


 庭の窓は開けっ放し前提で、虫侵入以外の危機感もなくアズュリアはすぐに寝息をたてはじめた。

うちの母は昔アロエの葉を切ってそのまま土にぶっ差して増やしてました。

健康にいいからって庭で育てた色んな草で作ったジュースを飲まされましたが、よくアロエも混じってました。すごい味でした。後に青汁を飲んだ時「飲みやすいじゃん」と思ったものです。


昨日も沢山来て頂いてありがとうございます。

いいねも評価もブックマークも沢山頂きました。ありがとうございます。

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