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 ---監視してるのは判ってるぞって言ってよかったの?


 「言ってないじゃない」


 ---直接にはね。でも鈍い人じゃなきゃ判るじゃない。判るように言ったんでしょ?


 あの後、すぐさま衝立が運ばれてきた。


 三人の間でどういうやり取りがあったのかは判らない。


 持ち込まれた衝立は、三つに折りたためる蝶番のついた飾り気のない木製品だった。高さはアズュリアの背丈くらい。


 彫刻も透かしもない。そして軽い。


 執事長自ら先導して運ばせたそれを寝室の手前で止めた。


 中へは自分が運び込むと言って。


 誰もプライベート空間へは入れない、と無言で主張した。


 半分開いておいた扉から全てではないが中は見えただろう。


 花台は今日はきっちり重ねて窓下に寄せておいた。目には入っただろうがどう思ったかは定かではない。


 汚れても散らかってもいないのだけは判っただろう。それだけ確認して帰ってもらいたい。


 それを感じ取ったのかどうか、執事長は食い下がらず、下男たちと一緒に本邸へ戻って行った。


 アズュリアは、玄関扉を閉じ、西側窓も閉じ、衝立をえっちらおっちら室内へ運び込んだ。


 物置にでも仕舞い込んであった物なのだろうが、埃は払われ、磨かれてはいる。


 ---物は悪くないけど、なんだか不思議な衝立ね。


 「そう?どこら辺が?」


 ---飾り気がなさすぎだから、主人やその家族の部屋に置く物ではなさそう。でも、メイドや下働きの部屋に置くには物が良すぎる。誰が使ってたのか想像がつかない。


 「家令とか執事だったりして」


 ---部屋に衝立なんて置くかなあ。


 仕切るような部屋には入らないだろう、とアルテラは言う。


 衝立を置きたい家令や執事だっているかもしれないとアズュリアは思うのだが。


 運び込んだそれを西側窓と寝台の間で開く。


 「う~ん」


 アズュリアは考え込み、ふと悪戯っぽく笑うと、花台をどかして窓の前を塞ぐように置く。


 ---ちょっと、アズュリア。


 「これが一番いい配置な気がする」


 ---暗いじゃない。


 「灯りならつけるわよ。ていうか庭に住んでる人が何言ってるの。関係ないじゃない」


 ---カーテン下げたら?


 「ううん」


 衝立を少し押しのけて、窓枠の上を見る。ボックスの中にカーテンレールはあった。金具も下がっている。


 「カーテン下げるのもいいかもね」


 真っすぐ縫うだけだし、と呟くと、アルテラが慌てた。


 ---待って、カーテン黒で縫うつもり?


 「勿論」


 他に布ないし、と言うと、庭で赤い花がありえない、と言いたげに首を振った。


 ---黒いカーテンて……


 「あら、素敵よ?」


 ---どういうセンスよ。


 「じゃあ試してみる?」




 アズュリアは嬉々として例の黒い布を取り出し、ベッドの上に広げると窓のサイズに合わせて裁断を始めた。


 ---ちょっとお……アズュリアあ……


 アルテラは情けない声を上げながら抗議するが、アルテラは鼻歌を歌いながら熱したポットで折り目をつけ、さっと縫い終わってしまった。相変わらず早い。


 襞も何も作っていない一枚布を、上部に金具を取り付け、窓辺にかけてしまう。


 衝立を畳んで避けて、少し離れて見る。


 ---あら……


 アルテラが意外そうな声を上げた。


 白い壁紙に黒いカーテンが意外なコントラストを生んでいる。


 アズュリアは鞄から金の飾り紐を出してきて、カーテンを引かずに片側にまとめてきゅっと縛った。


 ---まあ……


 黒い生地に金の飾り紐は思いの他良く合って、引かれず、片側に寄せられただけで出来たドレープが更に優雅に見えた。


 「いいでしょ?これねえ、この前舞踏会でみんなのドレス見てて思いついたの」


 ---え、舞踏会って……


 「そう、婚約破棄された上、暗殺者に襲撃された悲惨な舞踏会」


 ---いや、アズュリア……?


 「深緑のドレスを着ている人がいてね、薬師のローブに似た色だなあと思って見てたんだけど、こう、金色の装飾が素晴らしく色を引き立ててて、なんとも豪華だったの。いいなあと思って」


 ---じゃ深緑のカーテンでも良かったじゃない。


 「黒の布が余ってるもの」


 濃い色に金が合うのかなと思ったの、とあっけらかんと言う。


 「勿論、想像もしてみたわよ?」


 ---うん、アズュリアは意外と感覚で生きているんだって判った。


 「意外とって言うか、私は常に勘で生きてる」


 ---堂々と言う?


 「言うわよ」


 アズュリアは笑う。


 「師匠の教えなの。絶体絶命の時の勘は大体正しいから従っておけって」


 ---カーテンは別に絶体絶命じゃないと思う……


 「子供の頃、エスタリアの領地にいた時ね、森で薬草採取してたら大熊に襲われたことがあって」


 ---えええ……


 「森の浅い所だったから、本来ならそんな猛獣が出てくるような場所じゃなかったんだけど、その時私、鉈を持ってたのね」


 ---鉈……?幾つの時だったの?


 「七歳。危ないからそんな物持つなってみんなから言われてたんだけど、その時どうしても持って行かなきゃいけないような気がして黙って持って出たのね」


 ---それで?


 「咄嗟に激臭のクマよけ投げたら顔面に当たって、無意識に体が動いたのよね。気が付いたら鉈が熊の顔滅多打ちにした挙句、喉掻き切ってたわ。未だにどうやったのかわかんない」


 ---どんな鉈よ。大熊の毛皮ってガチガチなのよ。


 「いや、だからよくわかんないの。皆にもよく生きて帰って来たなって言われたわ。でもその時になんとなく理解したのよ」


 ---何を?


 「私の生存本能って強いんだなって」


 ---強すぎるわよ。


 「ありがとう。だから、大抵の勘には従っておこうって」


 師匠の言った事ってこういうことなんだなって思ったの。


 アズュリアは生真面目な顔で言った。


 アルテラは元は黒いカーテンの話からなぜこんな話になるのだろうと溜息をつきたくなった。


 ---誉めてない……いや、誉めるべきなのかしら……


 確かにアズュリアの勘は尋常でなく鋭いのだろう。


 それは神力とも無関係ではなく……


 ---一度、エスタリアのその師匠と話してみたいわ。


 ため息交じりのアルテラの言葉にアズュリアは不思議そうな顔をした。


 「私以外と意思の疎通は可能なの?」


 ---相手の力にもよるわ。あなたの師匠なら可能な気がする。


 何の確証もなく、だが、そう思う、とアルテラは言った。

遡って全話にいいねくださった方ありがとうございます。

評価やブックマークしてくださった方ありがとうございます。

毎日沢山見に来てくださってありがとうございます。

なろうの片隅にひっそり生息しているいきものですのに、皆様目がよろしいのですね……。少しでも面白いと感じて頂けているのなら幸いです。

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