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 ガルドウはきっちり使いの用事を果たしてくれた。


 魔力印を押した納品書の返信欄にはしっかり組合職員の署名と魔力印が押されていた。アズュリアを窓口で担当してくれた男の物だった。


 買い取り料金についてもきちんと明記されていた。今まで、全く確認していなかった。そう言えば前はこちらから提示した金額の所に訂正が入れられていたような気もする。納品することが目的だったので、気にしていなかった。


 ---人間忙しいと色々おろそかになるものね。


 溜息をつくしかない。


 別で手紙も受け取ってきたらしく、手渡されたそれには、早速の納品に感謝する事がつづられていた。


 自分は依頼されただけなので、と言ったガルドウに、深くは尋ねず手紙を書きだしたそうだ。


 「奥様、薬の容器は中へ運びますか?」


 「テラスのテーブルでいいわ。ありがとう」


 荷馬車から百個入りの容器の箱をひょいと持ち上げ、テラスの屋根の下へ入ってきた。


 箱に薬師院公認のマークはあるが、組合の印はないので事務所で購入した物ではなく、わざわざ陶器工房まで行ってくれたらしい。


 「手間だったわね。ごめんなさい」


 「いえ、あちらへ行く用もありましたし、組合で聞くと、一度に沢山購入するなら工房で買った方が得だし、組合も常に在庫があるわけではないのでその方が助かると言われましたし」 


 冷やした茶を差し出した。入れ物は計量カップだが。


 ガルドウは箱をテーブルへ置くと、喉が渇いていたのか一気に飲み干した。


 「美味しいです」


 にっこり笑う。


 ガルドウが笑った、とアズュリアよりアルテラが頭の中で大声を出した。耳がきんとなるように、脳がきんとなった。


 「毎日暑いものね。もう一杯いかが?」


 「頂きます」


 大振りなポットから茶をもう一杯注ぎ入れ、冷やす。


 今度は少しずつ飲み始めて、ガルドウは空を眩しげに見上げた。


 「夏はこれからなんですが、こうも晴天が続くとちょっと困りますね」


 「水遣りが大変?」


 「御屋敷周りの庭や敷地内の畑は、水路から水を引く装置があるので問題ないんですが、それ以外の場所で、芝が変色したり地面が乾き過ぎたりしている場所も出てきていますし」


 「アルカミラは、水路を引いているから農場も簡単には水不足になったりはしないでしょうけど、他領はどうか判らないわよね。何か聞いてる?」


 「今のところは何も。ですが、このままでは秋の実りにも影響があるでしょうね」


 「そうね……」


 アズュリア考え込んだ。


 ガルドウは計量カップを空にして帰って行った。薬の容器代の釣りを渡してこようとして一悶着あったが、駄賃の一部として押し付けた。


 そっと「執事に報告するのは別に構わない」と告げておいた。


 ガルドウは一瞬だけ目を見開いたが、黙って頷いた。




 干からびかけた土に鍬の先がさくりと入る。抵抗もなく。


 掘り返された土は真っ黒で何故かしっとり湿っている。


 もうその矛盾を気にしないことにした。


 ここは水路が近いし、神力が空気中の水分を寄せ集めてほどよく混ぜているのだろうと思う事にする。


 ガルドウに言って、庭師頭に場所を選ばせて、本邸へ確認を取ってから一週間。


 思ったより早く許可が出たので朝一番から鍬を担いでここまで来た。


 ガルドウがすぐに来て、定められた場所へ目印の杭を打ってくれた。その四角く仕切られた広大な場所を朝からさくさく耕している。


 元々地味が悪い場所でもないので、表面がかぴかぴでも水分が混ざればそれなりの土地ではあったのだろうが、アズュリアの鍬に耕されると信じられないような土に変化する。


 朝見た時は溜息が出るほどの広さだったが、二時間ほど無心で鍬をふるっていると、ほぼ全面が耕作地へ変化していた。


 異能を使っている時は、さほど疲労は感じないが、それでもこれだけの広さを耕したことなどなかったので、流石に疲れたような気がして腰を伸ばして叩いた。


 「大丈夫ですか」


 朝から付き合ってくれたガルドウが心配そうに駆け寄ってくる。


 様子を見に来ていたらしき庭師頭が呆れたように首を振っているのが見えた。


 「異能で掘ったからそれ程疲れてはいないわ」


 物置に置きっぱなしになっていた古い鍬ではなく、ガルドウが持ってきてくれた新品の鍬は、二時間の酷使にも耐えて綺麗なままだ。


 視覚を切り替えてみると、神力が刃先にまで行き渡っている。


 「さて……」


 鍬から手を放す。


 「奥様、本当に手伝わなくて大丈夫ですか」


 ガルドウは眉を下げて尋ねるが、アズュリアは頷く。


 「一応、実験って事になってるから、私がやるしかないのよ」


 一週間の間に用意しておいた種イモの箱を荷馬車から降ろす。


 「植えつけくらいは私たちが手伝っても……」


 「私が、自分の手でやる事に意味がある、って事になってるの。ま、心配しないで」


 王宮の薬草園でアズュリアだけが作業して、医師と薬師が当たり前のようにそれを眺めているのが日常だった。


 そう言えば、庭師は王宮でも遠巻きに心配そうに見ていた事を思い出す。


 手を浄化して、一週間ひたすら作り続けた種イモをつかんで植えていく。


 畝の端まで行くと、ガルドウが別の箱を下して待ち構えていた。その中へ手を無造作に突っ込んで次の種イモを掴む。


 直ぐに按配を見て、箱を持ってアズュリアの移動についてきてくれるようになった。


 「ありがとうガルドウ」


 「いえ」


 ガルドウはガルドウで、素早く這いまわるようなアズュリアの動きに引き気味ではあったが、アズュリアは気にしていなかった。


 植えつけも二時間で終了した。


 「いやはや……」


 ふう、と息をついて、アズュリアは座り込んだ。


 「やってみるものね。異能だとこれくらいの土地で四時間くらいか……」


 よっこらしょと立ち上がり、荷馬車に乗せておいた桶を小脇に抱えて、真っ黒になった手で腰を叩きながら水路へ近づく。


 片手で持てるような小さな桶一つで何をするのかと見ているガルドウの前で、水路から水を汲む。


 それを持って、畑の端から水を撒いた。


 「そーれ」


 アズュリアの声とともに、宙を舞った水は細かい水滴となり、畑いっぱいに広がった。


 それが呼び水ででもあったのか水路から次々と水が上がり、虹を作ってきらめきながら、霧のようになった水はたっぷりと畑に降り注ぐ。


 驚愕の表情のまま固まってしまった庭師頭が見えた。


 振り返るとガルドウも同様に立ち尽くしている。


 その腕をぽんと叩いた。


 はっとガルドウは我に返る。


 土で汚れていたはずのアズュリアの手はいつの間にか綺麗になっていた。水を汲んだ時に洗ったのか?だが濡れてすらいない。思考がずれていく。


 「薬草栽培の異能で普通の畑も耕せたわ。生育は三日見ないと判らないけど、多分薬草並みだと思うわ」


 意味は分かるだろうと視線を合わせられる。漸くそれで、逃避しかけていた思考を戻す。


 実を言うとガルドウは、アズュリアと作業する事でじわじわ異能の力が増している。人に知られるのは良い事ばかりではないとなるべく隠しておくように言われている。


 「奥様……」


 「公爵がどこまであなたを守ってくれるかは、未知数なの」


 異能研究所は長い歴史の中でどういうわけか選民思想に染まってしまったらしい。


 交配の結果、異能が貴族に現れやすくなったせいもあるのかもしれない。


 また、職員の半数が貴族家の次男以降の天下り先に変じてしまっているせいもあるのか。


 平民の異能者を軽視、あるいは無視するようになった。


 ごく弱い能力しか現れない平民に関しては無視していいといつの頃からか暗黙の了解が出来ているようだった。


 アズュリアが軽視されていたのもこの気質のせいだ。


 勿論アズュリアは貴族の娘だったが、能力が貴族に相応しくないと侮られた。要するに妹と同じだ。

 

 平民の異能者に関しては、現在魔力研究所が受け皿になりつつあるようだった。ガルドウが公爵家で職を得たのもその一環であった。


 公爵は今のところ、偏見は無いようである。貴族であろうが平民であろうが貴重な異能者は保護するべきと考えているようだ。特に平民の場合、その異能のせいで生きにくい思いをしている者もいる。むしろ平民の異能者程保護すべき存在とも考えているようだ。


 異能研究所とは考え方が異なるが、顧問であるはずの公爵がそれについて抗議ないし非難したとは聞いたことが無い。


 アルカミラ公爵は顧問ではあるが異能研究所にもう見切りをつけているのかもしれない。 

 



 ガルドウは微かに頷いた。


 「うまく振る舞いなさい。私も少し、考えている事があるの。それがうまくいけば、あなたの身も多少は安全になるかもしれない」


 ぽんぽんと腕を叩いて離れた。

 

 桶を荷馬車へ戻し、鍬を担いで歩きだす。


 「奥様、鍬も預かります」


 慌てて後を追いかけてくる。


 「あら、そう?」


 「ついでに乗って下さい。お疲れでしょう。離れまでお送りしますよ」


 「まあ、ありがとう」


 ひょいひょいと慣れた様子で後ろのステップから幌の張られていない荷馬車に乗り込み、積み重ねられた種イモの入っていた箱の隙間を縫って御者席のすぐ後ろに腰を下ろした。


 御者席にはガルドウと庭師頭が並んで座った。


 「奥様、先ほどのあれは」


 庭師頭が口ごもりながらも尋ねてくる。


 「異能の派生ね。出来るようになったのは最近だけど」


 「異能とは、そこまでの能力なのですか……」


 あれでは、水魔法と同じでは、と続けたそうな庭師頭だった。


 「そうなるには色々必要だけどね……」


 アズュリアは詳しくは語らない。


 庭師頭も察してかそれ以上は尋ねなかった。


 日差しが強い。アズュリアは麦わら帽子を目深にして目を閉じた。

私は主人公と違って庭仕事が嫌いです。虫が嫌。

なのに親が狭い庭に無分別に木を植えて死んだせいで、年中庭木の剪定やら雑草除去やらに追われています。戦中派の庭付き一戸建て信仰の被害をモロ被りし大変迷惑しております。

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