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 陶器の割れる音とともに、中から白い箱が転げ出した。



 男達が息をのんだ。



 その立方体は冷気を放ち、一部から棘のような物が出ている。それは植物の蔓のように見えた。


 少年は足先でぽんとそれを男達の方へ蹴りだした。


 リーダーは箱を凝視した。



 白い氷の立方体。中からはみ出す凍った植物の蔓。



 蛇へちらりと目を向ける。



 「間違いないですか?」



 蛇もまたじっとそれを凝視した。



 ---神殿から奪われた物と同一だ。



 アルカミラ領の屋敷を襲撃した際、公爵夫人によって氷の箱に閉じ込められたそれ。


 シュベタハ神殿にとっては、不思議な力を持ち、信徒を教え導いた神の使徒。いや、神そのもの。



 男は少年から目を離さず、懐から布を取り出してかがみこみ、布越しに箱を掴んで拾い上げた。


 これを公爵夫人から奪い取って神殿へ持ち帰った男の手は凍傷で酷い有様になっていたと聞く。


 素手で掴んだのはほんの一瞬であったにも関わらず。



 「中が見えない」



 箱は真っ白で中身はよく見えない。植物の蔓が巻き付いた塊があるのだろうとは、飛び出した、これもまた凍りついている蔓で予測は出来るが。


 公爵夫人は蛇の周囲に結界を作って中で毒を霧状にしたと聞く。


 そうしてぐったりとした蛇を氷に閉じ込めたと。

 


 「生死の判別はつきますか?」



 男は影の蛇へそれを持ち上げて見せた。


 影の蛇は光る眼差しを箱へ注いだ。



 ---箱は異郷の力によって編み上げられていて中が見通せない。溶かそうとして溶かせず、どんなに力を加えても壊すことも出来ない。



 従って、中に閉じ込められている筈の白い蛇の生死は判らない。



 リーダーはあっさりと箱をよこした少年を見やる。



 「我らの目的がこれだと何故わかった」


 「ある方に聞いた」


 「ある方とは誰だ」


 「私に魔力を貸して下さった方だ」



 そして精霊との交流を可能にしてくださった方、と。


 少年は微笑んだ。


 南領には珍しい銀髪の少年は繊細で美しく。


 そして得体のしれない力を溢れさせていた。



 「それを持ってさっさと帰っておくれ。これ以上アデレフ領を荒らされるのは迷惑だ。精霊にとっても」



 少年の周囲に魔力が漏れ出してゆらゆらと揺れているのが目には見えずとも体感できた。


 男達の動きは鈍くなる。


 だが影の蛇はそうではなかった。



 ---そなたの言う蛇の力の恩恵を受けておきながら、随分な言いようではないか。


 「契約通り対価は支払った、ないし支払っていると聞いている。この有様がその支払のうちとでも言うのか?屋敷へ押し入る事が。父を廃人にすることが。私を監禁して脅すことが」



 少年の表情は静かだったが、魔力は溢れ、揺れ続けている。



 「そして私はそなたらと契約を交わした覚えはない。これから交すつもりもない。皆まとめて去っておくれ」



 そして二度と顔を見せるな。


 少年の気持ちは固かった。



 ---そなたの父と姉が生きている限り、契約は続くのだがな。



 蛇が興じるように言うと少年は顔をしかめた。



 「父との契約は一回限りと聞いたが?」

 


 対価は蛇の鱗の短剣を納めたシュベタハの礼拝堂を作る事。



 「失われたとはいえ、礼拝堂は一度作った。その時点で契約は完了したはずだ」



 礼拝堂の破壊は事故か事件が定かではないがアデレフの関与はなく、責任も定められてはいなかった為、契約は消滅したと解釈する。アデレフの地に齎された力も失う事になるが、元に戻るだけだ。



 「姉については、私の関知するところではない」



 王妃の対価は、魔力だったと聞く。


 だがそれは王妃が魔力の大半を失った事で叶わず、王妃が正気を失った以上他の魔力も用意されず、恐らくは命で購うことになるのだろう。



 ---姉を救うつもりはないと?


 「望んで今の権力を得た人だ。その地位には責任が伴う。自分でしでかしたことの始末は自分でつけねばならない」


 ---ほほ、厳しいの。


 「厳しいだろうか?あれは自業自得だ」


 ---身内に対する親愛の情はないというわけか。


 「姉は常に「王妃」であった。こちらに情を示す事はなく情を求めてもおらず、アデレフ家も、己の地位を盤石なものにする手段でしかなかった。それが悪いとは思わない。そのように生きると自分で決めたのだから、最後までそのようにあるべきだと思うだけだ」


 ---なるほどの。


 「そもそも私に姉に対する情を訴えて効果があると思う方がどうかしている」


 ---あまり馴染みもない姉弟であったようだしの。



 蛇は鎌首をもたげ、しゅっと息を吹きだした。


 それは毒の息であり、少年に向けて吹きかけられたが、少年の周囲にきらめく結界が築かれ、毒を防いだ。



 「無駄な事はせず、さっさと去れ」



 だが蛇はくるりととぐろを巻いた。去る気はないと言いたげに。



 ---すまんが、「ある方」を紹介してくれぬか。



 少年は眉をひそめた。



 ---その箱を溶かしてもらう交渉をしたいのでな。


 「迷惑だと言ったはずだが」


 ---そなたがいかに精霊とやらに守られていようと、我をここからどかすことは出来まい?


 「では好きなだけ居座るといい」



 騎士たちの喧騒は近づいてきている。


 襲撃者たちが何人いて、うち手練れがどれくらいなのかは不明だが、騎士たちと拮抗できる程とは思えない。魔導士も連れているらしいし、いずれ制圧はできるだろう。


 とその時、一際眩い光が弾けた。


 イータハーサは思わず目を閉じたが、次の瞬間、精霊が己の為に張り巡らせてくれた結界が壊れる音を聞いた。


 はっと目を開くと、同時に()()力が精霊の結界の内側に別の障壁を展開するのを見た。


 虹色に弾けた光がうっすら紫を強くする。




 「おや、細かい者達もそれなりの力を発揮できるのか」




 少年と蛇の間に突然現れた男はそう言って笑った。


 襲撃者たちとは違い、シュベタハの白い神官服を着ていた。


 だが襲撃者たちとは比べ物にならない程に油断ならない目をしていた。


 佇まいも手練れの暗殺者のようだった。


 実際、襲撃者たちも張りつめた殺気に動けずにいる。


 そんな男達を睥睨する瞳はうっすらと光り、虹彩は縦に裂けていた。



 「もう良いからさっさと立ち去るがいい。そなたらでは役に立たん。箱は置いていけ」



 一瞬、男達はざわついたが、軽く睨まれると慌てたように踵を返した。



 「さて」



 男はテーブルに置いて行かれた布に包まれた氷の箱を見やる。


 

 「相変わらず堅牢な氷だ」



 光る瞳はじっとそれを見通すように暫く凝視したが溜息をついた。



 「壊せる気がしない。それどころか中身を見る事すら出来ん」



 そしてイータハーサへ視線を移す。


 少年は静かに男を見返した。



 「お帰り頂きたい。私は蛇とは契約を結ばない。その箱に関しても出来る事はなにもない」



 男は苦笑した。



 「あの女の所へわざわざ忍び込んで箱のありかを尋ねたのだがな。とんだ無駄足だった」


 「それについても私には関係のない話だ」



 あの女が姉を指すことに気が付いてはいたが少年はそう切って捨てた。



 ---先ほどから「ある方」とやらを紹介してほしいと要請しているのだがな。



 影の蛇が割り込んできた。



 「ああ……」



 男も顔をしかめた。



 「あの女、死んだはずではなかったのか」


 ---現状死なれては困る。



 男は忌々しげな顔をした。



 ---この箱を溶かすなり壊すなりは、作った本人が一番容易いだろうよ。


 「あの女を生かしておく事もまた危険ではあるのだがな」



 凍ってしまった蛇を取り戻す事と、あの女の危険性を秤にかけて、どちらを優先すべきだろうか。


 男は内心そう思ったようでもあった。


 テーブルの上の氷の箱を丁寧に布で包んで取り上げ、ちらりと扉を見やり少年の顔を見る。



 「あの女を呼べ」



 今度の「あの女」は姉ではない事は判っている。とはいえ、名前を呼ぶことさえ忌避したいのだろうかと僅かに苛立ちながら思う。



 「それをして私に何の益がある」



 不意に、また少年の結界が稲妻をはねさせた。


 男が先ほどの魔法攻撃を再び発動させたらしい。


 今度は壊れず、持ちこたえた。



 「なるほど。結界はもう細かい者たちの力ではないな」



 そうしてぴたりと閉じたままの寝室の扉を再び見やる。



 「出てきたらどうだ」



 男は声を張った。





 ばちばちと帯電している扉が、静かに開いた。



 透き通った青い人影がゆっくりと滑るように出てきた。



 蛇たちは僅かに息をのんだようだった。



 ---あなたは寝室へ入って。



 そう言われて、それまで一人敵に対峙していた少年は躊躇いながら頷いた。


 とりあえずの役目は終わったのだ。


 するりと移動し再び扉は閉じられる。


 そして青い人影、アズュリアは蛇たちに相対した。



 ---その氷を溶かせと言うのかしら。ご令息ではないけれど、それをして私に一体何の益があると?



 「エスタリアかアルカミラ、あるいはその両方でも良いが、土地を富ます事と交換でどうだ」


 ---必要ないわ。関わったら後で面倒が起こりそうで嫌よ。


 「嫌われた物だな。では、どちらか、あるいはどちらも、我らの力で枯らす事をせぬのと引き換えにどうだ」


 ---それは脅しね。


 「そうだな。有効な手と思うが」



 アズュリアは溜息をつく。



 ---あの白蛇、そこまでして取り戻したいものなの?



 影蛇と男は押し黙った。


 

 ---北の塔に現れた影蛇は言ったわ。ここで自分を滅ぼした所で自分はデルフォイの一部にしか過ぎないと。白蛇に拘らずとも眷属やらの代わりは幾らでもあるのでは?あなたたちだって同じ立場でしょうし。実際、今まで探そうともしていなかったでしょう。



 問われても、男と蛇は答えない。


 何か、知られては困る事態に陥ったのだろうかと首を傾げ、そして、アズュリアは虚空の何かに目を合わせた。


 そして、「なるほど」と納得したような顔をして再び男達へ目をやった。



 ---デルフォイは本体を捨てたのね。




 地底湖に沈む巨体に呪いを返した。白蛇の立方体よりさらに低い温度の箱に閉じ込めたそれが溶けだしてしまえば、巨体は呪いに侵されて復活は不可能と判断したのだろう。その時、一番()()眷属の身体へ乗り移った。


 だが、その眷属もまた、氷に閉じ込められていた。



 アズュリアは微かに指先を動かし、男の手の中の箱をちらりと見る。


 男がはっとした瞬間、衝撃が走り、氷の箱は砕かれていた。



 現れたのは蔓の塊。



 男は咄嗟にもう一度布でくるみ直した。




 同時に、破られた扉から騎士たちがなだれ込んできた。




 アズュリアは即座に姿を消し、男と影蛇もまた迫る騎士たちをかわして姿を消した。

見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


雨が降りました。

ものすごく久しぶりです。

東や北の方は例年にない豪雨で大変だそうですが、こちらはこちらで全く雨が降らず、米や野菜は大丈夫なのかと心配になるほどでしたよ。今回の雨で果たして農作物に充分な程の水が供給されるものなのかどうか。一日普通に振ったくらいじゃ無理な気がします。


そして、気温は多少下がりましたが、その分湿度が上がって結局暑いです。暑い!

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