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 アズュリアのクッキーはバターがふんだんに入っている。それが美味しさの元だろう。


 庶民も手が届くちょっとお高めの菓子は費用対効果を考えた材料の分量だろうから違うのは仕方がない、と言うと、アルテラは納得いかなそうに揺れた。


 ---それじゃ市販品は美味しいお菓子ないの?


 「貴族向けの店だったら美味しいと思うわよ」


 王宮の茶会で出される菓子はそういう物だった。時々主催させられた時は、王家御用達の店を利用した。


 いや、今食べているクッキーも充分美味しいのでは、と思うのだが。


 ---領都にはないの?


 「あるんじゃないかしら。今日は庶民的な所にしか行かなかったから」


 ---次はお菓子だけは貴族向けの所で買って。


 「そういう所の物はそれなりの値段するんだけど……まあ、次ね」


 アズュリアもどういう物か興味はあるので、次は探して行ってみようと思った。


 ---あ、玄関側に人の気配。


 言われて必要もないのに息をひそめる。


 ---姿変えの指輪外さないと。


 言われて、髪の色を変えていた指輪をつけっぱなしだった事に気が付いた。


 まだ慣れていないのだ。気を付けないと。


 外出から帰ってきたらまずは指輪を外すことを習慣にしなくてはと思いながら外して鞄にしまった。


 外の気配は屋敷内を巡回している使用人だったようだ。


 広すぎる敷地内を見まわる警備担当の使用人がいるのだ。これが王宮や他領なら兵士や騎士になるが、アルカミラには領兵がいない。


 いないことになっている。


 警備担当の使用人とは、実の所退役した軍人や、騎士経験者だったりする。


 その辺りの事はどう王宮と調整しているのかアズュリアには判らない。


 ---あ、ちょっと離れた所から西側窓が開いているのを確認してる。


 西側窓はこの部屋の先ほど花台を下に置いた窓の事だ。


 この家は周囲に塀がない。そのかわり木立に囲まれているが。


 寝室や居間の腰高窓には格子が嵌ってはいるが、開いていれば中は見えてしまう。それ故あまり西側の窓は開けないようにしてはいる。


 完全に囲われて外から見えず、侵入できないのは寝室南の窓だけだ。


 ---いつも開きっぱなしの台所側が閉まっているから様子をうかがわれているんだと思うわ。


 「今日は休みのつもりだったんだけどね」


 ---放っておけば次へ行くわよ。彼らだって暇じゃないんだから。


 「姿見せた方がいいかしら」


 ---放っておきなさいって。


 美味しくないと言いながら、次々菓子を取り上げつつアルテラは呆れた声でたしなめる。


 ---今は大人しくしておいた方がいいのでしょ?


 アズュリアは溜息をついて自作の台に腰を下ろした。


 そして庭の台所側の壁を見る。


 実を言うとそこは浴室だ。


 この家の浴室は、寝室庭の三分の一を潰す形で出来ている。


 庭側に窓がありながら、外から覗かれる危険のない場所であり、そういう意味ではここに浴室がある理由は判らないでもない。


 そして、浴室手前の部屋側の壁は台所の食器棚わきの壁の裏だ。


 そこに扉があれば、台所から寝室へ直接出入りできる。


 「あそこ、穴開けられないかな」


 ---ええ……。ああ、でも便利と言えば便利か。


 「そう。今だと台所に行くのに居間から回らないといけないでしょ。まあ普通に暮らすんだったらそれでも別に構わないんだけど」


 台所に一日中いるとは言っても、休憩はしたい時もある。寝室に引っ込んでいると台所には目が届かないので、いちいち庭側の掃き出し窓を閉めて施錠する事になる。そうすると、見回りの使用人が不審に思って家の周りをうろついてあまつさえ寝室の窓を離れた所からとは言え覗いたりする。


 本当に不在なら別に構わない。この前のゴシュフク草を採取しに出かけた時などのように。


 だが、家の中にいるのに監視されて覗き込まれるのは勘弁してほしい。


 ---ここがつながっていれば、寝室に引っ込んでいても、誰か来たら気配で判るし、すぐ出られるし、台所の窓は開けっ放しでもまあ大丈夫って事か。


 「そう。構造的にそこの壁に穴開けて大丈夫かな」


 ---ちょっと待ってね。


 アルテラはふわふわと羽ばたくように花のすぐ傍の葉を動かした。何をしたのかは不明だが。


 ---うん、あのねえ、この家は、元は台所の部分だけだったんだって。


 「ああ……、庭師小屋と同じ構造だから、元庭師小屋だったんでしょうね」


 ---そうそう。でね、その後、この家の奥さんが小さな庭を自分で作りたいって言って、庭師小屋を今の台所みたいに改造したんだって。


 「あら、じゃあ住んでたわけじゃなかったのね」


 ---うん、でも休憩場所が欲しいからって、結局台所に続く形で部屋を増築したんだって。


 「え、今の寝室にあたる場所?」


 ---そう。その後、息子の代になって恋人を住まわせる為に寝室を広げて居間を増築して今の形になったんだって。


 「つまり、一度あそこに穴開けられて、また塞がれた?」


 ---神力で見てみるといいわ。


 言われて視覚を切り替える。


 先ほどまで眺めていた壁はうっすらと青く透けた。


 壁板の向こう側、台所部分とを仕切る壁は、レンガが積み上げられて頑丈な作りである事が直ぐに判った。浴室を覗いてみると浴室の台所側の壁もそうなっていた。見るからに元は外壁、といった風だ。


 そして、浴室手前、寝室の壁の一部が、アーチ型にくりぬかれ、そこを漆喰で塗り固めて塞いだあともよく見えた。


 「扉があったって事ね」


 漆喰で固められた部分をノックするようにこんこん叩く。


 ---壁板剥がして、漆喰崩して、扉つければいいわけだけど、どうする?


 「そうね……流石に家そのものの改造はしたことがないのよ。異能でいけるものかしら」


 ---神力ならいけるし、私も協力するけど、あなたがどうしたいかにも寄るわ。


 扉は出来ても隠しておきたい気持ちはある。


 在宅中は、ほぼ開放している場所とプライベート空間を繋げるのだ。


 ただ、家の改造なのでこればかりは本邸へ言ってやってもらうのも手ではある。扉は職人が作った物の方が好ましい。


 一日か二日で終わる作業だろうか。その間、アルテラの存在は隠さなければならない。まあそれは神力でどうにかなるだろうし、どうにかするだろうが。


 ---一応ね、周囲に人が来れば、私が知らせてあげるって手もあるのよ。


 「あ……」

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