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 蛇は第二王子には興味を示さなかった。


 第一王子誕生の際には()()香炉と香を祝いの品として手渡してきたが第二王子には何の反応もなく、暫くは接しても来ず。


 契約の有無にかかわらず、もうこちらに関心は無いのではと思う程であり、忘れかけてさえいた頃。


 アルカミラでもヴェルダルでもない、さして気にも留めていなかったもう一つの公爵家の娘に異能が発現したと知らされた。


 娘の年齢は五歳。異能が目覚めるには早すぎた。力の強大さを期待されたが、薬草栽培や調薬という王国にとっては「貴族的でない」力であり、一部の者達を落胆させた。


 南領においては、植物栽培系は重宝がられる力だったが王妃も落胆した。


 だが、蛇が求める「高貴な血」の持ち主ではないか、と皮肉には思った。


 年頃は第二王子との兼ね合いも良く、すぐさま婚約も検討されたが、エスタリア公爵家はグノウ伯爵家の娘を迎えてから社交界では評判を落としていた為、暫く様子を見る事になった。




 

 ---公爵家に異能者が現れたの。



 数年ぶりに現れた蛇は王妃にそう言った。


 平民が持つような異能でも王妃の「ひ弱な力」よりは良いとでも言い出すのかと王妃は歯噛みした。


 「尊い血と、正当な力とでも言いたいのかしら。でも王子の婚約者の選択条件にはそれ以外も加味されるのよ」


 王妃は努めて冷静に以前と同じ事を言った。


 ---我が動けば良いだけの話だがな。


 蛇の言葉は人に対しての忖度などなく、己が思うように振る舞って当たり前の人外と強者の理屈のみで形成されていた。


 「息子が十歳になるまで待ってくれないかしら。第一王子の婚約者もそれくらいに決めたし、それまでに他の有力な家にもっと貴族らしい異能者が産まれるかもしれないわ」


 いささか慌てた王妃の言に蛇は鼻で笑った。


 ---貴族らしい?


 「ええそうよ」


 王妃はむっとしたように蛇を睨んだ。


 「公爵家の娘で異能者となれば確かに王子の婚約者にふさわしくはあるけれど、この国では生産系の異能って貴族には喜ばれないのよ」


 蛇はちろちろと赤い舌を出し、光る眼で王妃の顔を見つめるのみだったが、その中が小馬鹿にするような皮肉に満ちているのは見て取れた。


 少なくとも王妃はそう感じ取った。


 「他家に異能者が産まれれば別だけれど、そうでなければその子になるのは確実だし、恐らくそう何人も立て続けに異能者なんて生まれないわ。あなたの思い通りにはなるわよ。多分」


 王妃は腹立ちを押さえてそう言ったのだった。




 自分よりも蛇が求める娘。



 王妃が歪んだ心でその娘を見るのは自然な事だった。


 三年待ったが有力な貴族家に異能者は現れず、エスタリア公爵家の長女が蛇の望み通り第二王子の婚約者となった。


 話に聞いていた通り、娘は漆黒の髪と瞳をしており、濃い色合いに慣れている南領出身者の王妃にとっても異質な子供だった。


 王家の調査によれば、その色故に母親に疎まれ、三年間一人領地にて薬師について薬草栽培や調薬を学んだらしい。


 王宮で用意した教師陣に事前に試験させた所、結果は優秀。どうやら公爵は教育に関しては滞りなく手配していたらしい。


 顔合わせの際受けた印象は、「感情の薄い子供」だった。


 面白味のかけらも感じなかった。


 対外的には何一つ問題はなく、唯々諾々と周囲の大人の言うがままに行動する子供。


 そんな子供が息子の婚約者になる事に不満が募った。



 だが王の周囲からの評判は良かった。


 ()()()「良い血統」の娘に決まって良かった、と言外に言い交されているかのような雰囲気だった。


 それは単に「異能者」が王家に嫁いでくることに対する肯定的な意識であっただけなのかもしれないが、王妃にとっては己の存在を否定されたようにも感じられた。


 冷え切った瞳と人形のような表情のいかにも高位貴族らしい己の対極にあるような娘。


 己と似ていると感じた第一王子の婚約者には「小娘が頑張っている」と微笑ましさと優越感さえ覚えたが、それよりはるかに幼いにも関わらず、エスタリア公爵家の娘は既に貴族として一分の隙もないように見え、何故か王妃の劣等感を刺激した。


 王妃にとって、第二王子は「可愛がるため」の子であり、国政や貴族政治からは遠ざけておくべき存在でもあり、その結婚相手も貴族然とした「冷たい高位貴族令嬢」ではバランスが悪いようにも思われた。


 王にそう言ってみもしたが、一笑に付された。


 王子には王子の務めがある、と。


 手元に置いて可愛がる事を許しはしても、義務を放棄する事は許可しない、と。


 初めて見た王の厳しい顔だった。


 王妃は狼狽えはしたが、王のことを侮ってもいた。


 心の中で舌打ちしながら考えた。


 今婚約者として置いておくのは王子の後ろ盾としても良い。




 だが、将来本当に婚姻を結ばせるかどうかはまた別だ。





 そうであれば、どうにも気に入らない娘だ。利用しつくし、最後に放り出せばよい。


 

 

 

 まずは最初に心を折ろうと考えた。


 娘が教育の為に王宮に上がった初日に、己の謀とは悟らせぬよう敵対派閥の一つに送り込んだ侍女を使ってその派閥の企みを誘い、教育係の予定を事故を装って一日遅らせ、中央からしばらく遠ざかっていた同派閥内の伯爵家の未亡人を教師と偽装して上がらせた。


 未亡人に与えられた指令はそれらしく王子妃としての心得を語り、菫花石を差し出すこと。


 八歳になる公爵家の長女は領地で薬師の下で学んでいたと言う。


 薬師であるならば、自害用の菫青を作るのが最初の仕事であると。


 部屋からはわざと侍女たちを退出させていたので、中には未亡人と娘しかいなかった。


 後に未亡人が語った事によれば娘は石を無防備に素手でつかんだという。


 そして、平然と菫青を抽出したと。


 手の平の上の微量な青い粉をぐいと差し出され、未亡人は思わず立ち上がって後ずさったという。


 それはほんの微量でも吸い込めば即死すると言われている。


 そんなものを至近距離に突きつけられ、未亡人は恐怖で逃げ出した。


 八歳の少女を死に至らしめるであろう行為を躊躇わなかったにも関わらず。


 王妃とて、少女が素手で石を触る等想像もしていなかった。薬師であるならばその危険性も普通の人間以上に理解している筈ではないか。


 せいぜい泣きべそをかいて部屋から飛び出してくる程度と考えていた。そこで叱責して幼い子供の心を制御しようと待ち構えていたにも関わらず、泣きながら走り出てきたのは未亡人の方だった。あんな恐ろしい子供とは思わなかったと半分錯乱して訴えてきた。


 予想外の事で、人払いしているとはいえ騒ぎになる前にと腹心の侍女に命じて別室へ連れて行かせ、自分は隣室で事情を聴いている間に、少女は部屋を出て廊下で気を失ったと報告を受けた。


 たまたま廊下で行き会った騎士に事情を説明し終わった直後だったそうだ。


 一日少女は目を覚まさなかった。


 騎士には口止めしてそれなりの金子を与えたが、口封じの人間を差し向ける前に辞表を提出して宮殿から姿を消していた。勘のいい男だったらしい。配下に男の行方を探させたが、故郷と聞いた村に男はおらず、どこか国外へでも逃げたのだろうと結論付けた。


 それ以上男の行方を詮索する心の余裕が王妃にもなくなった事情もあった。


 何故なら、再び白蛇が姿を現したからだ。王妃の寝所に。


 ---面白い娘ではないか。


 白蛇は満足そうに言ったのだ。


 ---毒気を帯びてはいるが珍味だとあの方はおっしゃっている。


 そこで初めて王妃は白蛇がシュベタハのご神体とはいえ、単なる連絡役であり、本来の「尊き方」はデルフォイである事を知ったのだった。


 ---私などは何という代替品かといささか危惧を覚えもしたのだが。


 あの娘の魔力は「歪んでいる」と蛇は言った。


 その原因を蛇は言及しなかったが、その歪みが「面白い」らしい。


 ---あれは毒の花だ。我が主を害するかとも思ったのだが、気に入られてしまったのでな。


 笑みを含んだ声だったが、奥底には冷酷さが透けて見えていた。


 王妃はこれもまた初めて、目の前の白蛇に恐怖を覚えた。


 もしやかかわってはならない者と交流を持ってしまったのではないかと。本当に遅ればせながら。


 思えばその冷酷さを今までは隠していたのではないかと。


 蛇はしゅるりと舌を出した。


 ---契約を解除する手段も与えている筈だ。好きにするがいい。


 その心中を正確に読み取ったのか面白がるように言った。


 ---あの娘は一昼夜意識が無かったが、そなたはその程度では済まぬかもしれぬがな。


 そして王妃は、軽く考えていた「負荷」がどういったものかを始めて本当に理解したのだった。



 はからずも、王妃は白蛇ではなくデルフォイの餌を用意したことを知った。



 王妃の魔力を必要としたのは何らかの事情があって弱体化していた白蛇だったという。


 デルフォイの眷属である白蛇が充分な力を取り戻した以上、次に必要なのは眠りについているデルフォイの養分であり、それには王妃の魔力では「到底足りない」らしい。


 ---あの方に必要なのは高貴な血統の魔力であり、あの娘は魔力量さえ多ければ最適なのだがな。惜しい事だ。


 白蛇は、本当に残念そうに言った。


 ---そういえば、力を取り戻して()()()()みれば、もう一人、今あの方に良質な魔力を与えられる人間が存在するようだが……。だが、まあ、そちらはそなたに手出しは出来ぬだろうしな。


 気になる事を言い出した蛇に王妃は眉を跳ね上げた。


 「国王陛下の事かしら。手出しができないという事もないけれど」


 正直王妃は夫である国王の事は軽視していた。


 掌の上でどうにでも転がせる凡庸な駒としか思っていなかった。


 ---不遜な女よな。


 蛇は笑った。


 ---自信があるのは良いが、思いあがるのも程々にしておかねばいずれしっぺ返しを食らうぞ。


 王妃は鼻で笑った。


 「御親切に忠告をありがとう。でもあの人をどうにかするくらいの事なら問題ないわよ」


 白蛇はほんの少し黙った。


 その沈黙を王妃は白蛇の肯定と取った。


 ---残念ながら、王ではない。


 蛇の返事に王妃は意外そうな顔をした。


 「じゃあ誰なの?」


 ---言わずにおく。これ以上そなたに出来る事は無いよ。


 そう言って、白蛇は姿を消した。


 王妃には不快感と得も言われぬ漠然とした不安が残った。

見に来てくださってありがとうございます。

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またぶちぶちネットが切れ始めました。

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そして、やっぱり切れてました;

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