16
「疲れた……」
久しぶりの外出に浮かれていた筈が、とても疲れる羽目になってしまった。
鞄を背中から降ろしてローブを脱ぎ、寝台に放って、ふと思いついたように、鞄から花台を出した。
がらんとした寝室は、南側が庭に向いて掃き出し窓があり、寝台は中央よりはやや南窓に近く、西寄りに置かれている。西の壁にも窓はあり、その下に花台を置く予定だったので、置いてみる。高さはぴったりだ。
入れ子の二個を引きだして、ずらして置いてみる。
---ちょっと物置くのにいいわね。
「そうね。理想通りだわ」
卓上焜炉を鞄から出してポットに水を念じて入れて、火をつける。熱を上げる異能はなんとなく疲れが増すような気がして避けた。
アルテラが選んだ陶器のコップは、少し考えて、台所へ行って綺麗に洗ってから浄化した。気持ちの問題だ。
茶葉とティーポットも持ってくる。
---こっちでお茶も入れられるわね。
「そうね」
鞄を持って更に部屋の奥、北側へ行き、何もないがらんとした場所へ鞄からもう一つ家具屋で買った物を出す。
二本の支柱に一本棒を渡しただけの木製のハンガーラック。
寝台の上へ脱ぎ捨てていたローブを持ってきて、三つセットで買った木製ハンガーの一つにかけてラックにつるす。
---脱いだものを置く場所もなかったものねえ。
「クローゼットはいらないけど、ちょっと服をかけて置く所はないと不便だったから」
---そうよねえ。
綺麗に磨かれた支柱には帽子やバッグをかけておけるフックもついている。そこへ毎日被っている麦わら帽子をちょいとかけた。
---なんだか部屋らしくなったわね。
「そう、ね」
部屋が広すぎて相変わらずすかすかしてはいるが。
湯が沸いたので茶葉を入れたティーポットに注いだ。
庭側の窓を開け放ち、西側の窓も少し開けて風を通す。ついでに部屋の扉も開け放って、居間の窓も開けてくる。
台所は扉だけ開ける。調剤室なので、こちら側にいると目が届かない以上窓は開けられない。
寝室の庭に出て、自作の花台で茶を入れる。
アルテラ本体がうきうきしたように揺れている。
彼女が選んだ陶器のコップに茶を注いで差し出すと、嬉しそうに茎を伸ばしてくるりと葉でくるみこんだ。
「計量カップよりもいい?」
同じコップでゆっくり茶を飲みながら問うてみる。
---そりゃね。陶器って口当たりが柔らかいし。
口。花にとって口とは。
アズュリアは瞬きしながらアルテラの豪華な八重咲きの花弁を見つめた。
そもそも茎や葉でくるんだり、果ては中へ葉をつけたりして、熱くないのだろうか。
---何を考えているか判るけど、私、神気で出来ているから普通の植物とは違うのよ?
アルテラにそう言われ、そういうものかと一応納得はする。
「ティーカップは食器棚に一応あるのよ。熱い物入れる時はあっちを使う方がいい?」
---ううん。こっちでいい。
気に入ったようだった。
「ところでこれだけど」
宝飾店「石の息吹」で買ったブローチの箱を出す。
---ああ、うん。
アルテラはコップを置き、その箱に茎を伸ばした。
「箱から出す?」
---うん。お願い。
包装をはがして、綺麗な飾り箱の蓋を開ける。
濃い青のサテンを内側に貼った箱に綺麗におさめられている見事なピンクの石の花。
アルテラはそっと葉で包んでそれを掴みあげた。
---綺麗。
うっとりと呟くアルテラの真紅の花の隣にあって、その石の花は輝きを増したように見えた。
アズュリアは神力でその花を見る。
相変わらず、青い光が集まっているように見える。
ひょいとアルテラの茎の一本が伸び、先の葉がひらりと揺れると、室内から「枝」が飛んできた。
脱いだローブの胸ポケットに留まっていた枝だ。
ピンクの花を咲かせている。
その花がぱっとより大輪になった、と思った途端、するりとブローチの中へ溶けるように消えてしまった。
「え、何が起こったの」
---枝の憑代にいいんじゃないかと思って。すごく力が馴染んでるし。
憑代……。
確かにこのあたりでは見たこともない生花をいつも胸につけておくのも不自然かもしれないが。
「普段つけてろって事?庭仕事には向かないわよ」
だったらもう少し小さい物の方が良かった。
---任せて。変幻自在よ。
そう言って、大輪のピンクの花はくるりと一回転すると、小さく可憐な姿に変じた。
---アケヒの金のネックレスに通すといいわ。
つけっぱなしのネックレスを外して、アルテラに手渡されたそれの裏の輪に通す。
「ネックレス外さなくてもつけはずし出来ない?」
---出来る出来る。次は言ってくれればそうする。
なんとなく、外すのが怖いと思うアズュリアだった。
---あと買ってきた物なんだっけ。
「ナイフと鉈と剣」
ああ、とアルテラの茎がしなしなとうなだれた。
どうやら心が浮き立つ買い物ではなかったらしい。
「薬の容器百個」
更にうなだれる。
「靴と焼き菓子」
しゃきんと起き上がる。
「焼き菓子食べる?」
---食べる食べる。
鞄から焼き菓子の箱を出す。
人気らしく人がしょっちゅう買っていく様が通りから見えていた。
葉や花の形を模していて、見た目にも気を使っている。
アルテラはいそいそと箱に葉を伸ばしてまずはクッキーを包みこんだ。
最初はどうやって食べるのか興味津々でじっと見ていたりもしたが、もう慣れてしまったアズュリアは自分も手を伸ばして、クッキーをつまんだ。
少し固めの素朴な味のクッキーだった。花の形はローズヒップらしき味がする。
---んんん?
アルテラが何か考え込むような声を出した。
葉の形の物は香草が混ぜてある。林檎の形の物はリンゴジャムがトッピングされていた。
---ん~?
アルテラは唸っている。
口の中の水分を持って行かれてしまったのでアズュリアは少しずつ茶を飲む。
そして買ってきた靴を出して、履きかえた。
立ち上がって数歩歩いて履き心地を確かめる。
店でそうした時にも思ったが、随分足が軽く感じる。締め付けていたのだなと思う。
---ねえ、アズュリア。
呼びかけられて顔を上げる。
---アズュリアが焼いたクッキーの方が美味しい。
紅い花がゆらゆら揺れた。




