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 崖下に見えた竜の骨にヒビキは目を輝かせた。





 アズュリアが伸ばした手の中へ小さな鉢に植わった紅い花が現れた。


 八重咲きの豪華な花だった。


 ---お願いできる?


 弟子は花へ話しかけた。花は僅かに震えて見えた。


 そして鉢を片手で持つと師匠へもう片方の手を伸ばした。


 先ほどと同じようにそれへ手を重ねる。


 一瞬の後には、竜の骨の前に立っていた。


 ---この花がアルテラです。今の転移はこの子にお願いしました。


 アズュリアが鉢を前へ出す。


 花は緩く震えて、お辞儀するように上下した。


 「おお、ご丁寧に」


 ヒビキも軽く頭を下げた。


 「アズュリアに調薬を教えたヒビキという。よろしく頼むよ」


 ふるりふるりと花は揺れ、アズュリアへ向かって花を向け、アズュリアは首をかしげて勘案するような顔をしていたが、やがて。


 ---初めまして。アルテラよ。東国の神樹の一滴なの。


 少女の声が聞こえてきた。


 ヒビキはぱちぱちと瞬きし、花に見入った。


 「今のは君の声かい?」


 ---そう。アズュリアの力を借りてアズュリア経由で思念を音声化しているの。うまくいってよかったわ。


 「初めての試みなのかい?」


 ---ええ。だって今まではアズュリア以外の人間と話す必要なんてなかったし。でもあなたとはお話できそうな気がしていたの。


 「それはそれは」


 ヒビキは微笑んで胸に手を当てた。


 「遠きユスラの眷属にお目にかかれて光栄だ」





 ---ああ、あなた……


 アルテラがゆらゆらと揺れた。


 ---もしかして、ユスラの実を食べた……?


 ヒビキは頷く。


 「幼い頃、瀕死状態だった私に乾燥させた薬草としてのそれをほんのひとかけ分けてくれた人がいた。丸ごと与えるには人には過ぎた物でそれが精一杯。とはいえ、それすら受け止めきれない人間の方が多く、私が回復するかどうかは一か八かの賭けだった」


 賭けに買ったということなのだろう。


 ---与えてくれたのはアケヒね?


 「そう。たまたまその時領地にいた大奥様。私は彼女に報いるために薬師になった」


 ---アズュリアは知っていたの?


 問われて弟子は首を横に振る。


 ---初めて聞いたわ。


 「誰にも言ったことはなかったからね」


 アズュリアは戸惑ったような顔をする。


 「そういう約束をアケヒとしたんだ」


 ユスラの実は確かに万病に効くが、受け入れられる人間は限られている事、少なくともこの大陸に於いてそれを見極める事は現状アケヒにしか出来ない事、それらの条件がある以上悪戯に他者に広まっても困るから、という説明を受けた。


 「何より、ユスラの実はこれ以上手に入らない、とアケヒは言って去った」


 ふんふん、と花は頷くように揺れた。


 ---ユスラの実は神気の塊だもの。それを受け入れる器が無いと逆に毒になるものね。


 では師匠には異能の器があるのか。


 アズュリアは目を見開いた。


 ---あなたの器は人にしては大きいわ。


 アルテラはヒビキに花の面を向けて凝視するように止まった。


 ---調薬にはあなたの豊富な魔力が良い影響を与えている筈。あなたの薬は効能が高いと思うわ。


 確かに師匠の腕は領地の薬師頭と異名をとる老薬師のお墨付きだった。変り者で、長い事山に籠って暮らしていたと聞いたが、初めて会って話した時、そんなに変り者という印象は受けなかった。


 ---師匠、人目を避けて暮らしていたのはそのせいでした?


 「まず髪や瞳の色から変わったからねえ……」


 師匠は肩から己の髪を一房取って苦笑した。


 特徴的な銅色はその時に現れたものだと言う。


 「それ以前は薄茶色のごくごくありふれた色だったんだが」


 薄茶色から銅色混じりの金髪になったということか。


 「私の中に魔力があると知らされたのもアケヒからだった。異能に目覚めるかどうかは判らないが、ユスラの実の影響を受けて変質はしただろうと言われた。療養の為と称して暫くは人目を避けた方がいいというのがアケヒと老薬師の判断だった」


 老薬師、とアズュリアは呟いた。


 それにヒビキは頷いた。


 「アケヒと老薬師は親しい間柄だったようだよ。私の状態を知ってたまたま領地に来ていたアケヒを呼んでくれたのは老薬師だったそうだ。母に聞いた話だけれどもね」


 アズュリアは小首をかしげて師匠を見る。


 それに「何かな?」とヒビキは問う。


 ---老薬師がアケヒを呼んだのも、アケヒが一か八かでユスラの実を与えたのも、師匠の魔力の多さ故ですか?


 「他に何かあると言うのかい?」


 ---アケヒは出自を隠して生きていた筈で、東方の出身とは言っていても、それがどこの何という国かなんて誰にも言っていなかったと思います。まずそれを知っていた老薬師は何者だったんでしょう。そしてアケヒに紹介された師匠とお母様は何者だったんでしょう。それと……、今まで聞いたことありませんでしたけど、師匠、御幾つなんです?


 ヒビキは苦笑した。


 「人に面と向かって年を聞くな」

見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


日曜日のぬるさをピークにまたどんどん気温が下がってきましたね。

具合悪くなりそうです。

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