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 アルカミラ領から街道を使って東へ行きかう馬車はこのところ大抵魔馬に引かれた特別仕立ての荷馬車で、道行く旅人は猛烈な速度で殆ど揺れることなく通り過ぎていくそれに驚きの目を向けるが、住人にとっては見慣れた風景となりつつあった。商人の馬車や乗合馬車なども通常通り通ってはいるがそれらもどういうわけか特別馬車の影響を受けたかのように速度を上げて走っていく。


 そんななかを旅仕様の一台の馬車がのんびりと進んでいくのは、逆に珍しく人目を引いた。


 外部の塗装は黒っぽく、華美でも質素でもないが揺れは少ない。魔法道具で例の荷馬車と似た工夫でもされているのだろうとは見て取れる。


 御者はよく見ると目つきが鋭い。前後には黒い馬、これも最近見慣れた魔馬に乗った護衛らしき男が足並みをそろえていて、馬車に乗っている人物が少なくとも一般の平民ではないことはうかがい知れる。


 馬車には目立つような紋章などは見当たらなかったが。



 中は特別に改造され、座席ではなく寝台がしつらえられている。


 空間拡張の付与が施されている為、他に三名分の座席と扉の奥に別室もある。


 寝台に横たわっているのはエスタリア公爵家次女。


 看護人として雇われたメイド二名が移動にも付き添っている。


 次女はまだ完全とは言い難いが、先日届いたアルカミラ領北山の滋養強壮に優れた効果を発揮するという薬草と、この時期手に入れるのは難しい万能薬とも言われる雪里の新鮮な葉を使って調合した薬が身体に合ったのか驚くほどの回復を見せ、王都への移動もゆっくりであれば可能だろうとの判断の下、帰宅が決まったのだった。


 アルカミラ公爵家からは、完全に回復するまで滞在してはどうかとの申し出もあったが、これ以上迷惑をかけ続ける事は遠慮したいとエスタリア公爵家は答えた。謙遜や遠慮ではなく、最初から迷惑のかけ通しなのは間違いなく、アルカミラ家も殊更に慰留はしなかった。


 次女自身も無気力に横たわってばかりだったが、王都への帰還の意思を尋ねた所、早急に帰りたいと希望した為、実家からの執事長の到着を待って出発する事となった。


 アルカミラ家は病人が負担少なく移動できる馬車を貸し出してくれ、看護人としてつけていたメイド二名も王都までの道中を派遣してくれることになった。


 ますます借りが増えてしまったが、エスタリア家は有難くそれらを受け取った。


 次女はおとなしく馬車へ乗りこみ、薬師に促されるまま中の寝台に横になった。薬師ヒビキとはここで別れる事になる。


 お互い世話になったともお大事にとも言わず、薬師は義務的に看護メイドに移動の注意事項の確認と挨拶をして、あっさり馬車を下りた。


 扉を閉じるとエスタリア家の執事長が気配も感じさせず隣へ現れ、少し離れた所へと誘導された。


 「この度はお疲れ様でございました」


 執事長は懐から掌に乗る程度の袋と一通の封書を手渡し礼を述べた。


 ヒビキは袋の中身を覗き込んだ。


 「依頼料はアズュリアからもらっているよ」


 「そちらはエスタリア家からでございます。帰りの足代にでもお使いください」


 封書も開けて、二つ折りの便箋を取り出して中を見る。


 「これはまた、どういう意味かな」


 「領地産の薬草に関して、向こう三年間無償でご提供いたしますと、公爵閣下からのお申し出です」


 薬師は肩をすくめた。


 「裏が無いのであれば、有難く受け取っておくよ」


 「このままエスタリアの領民でいてほしいという閣下の意思表示でございますね」


 「今のところ離れる気はないけれど、よほどのことが無い限り、王都の屋敷へは行ったりしないよ?」


 今回は特別だ、と笑う。


 王都にいたのはヒビキの姿を借りたアズュリアであり、そもそもヒビキは王都へ等行ってはいないのだが。


 「次女殿にもうこれ以上興味はないしね。それは奥方も同じ事だけれど」


 出来れば、引き続き何かあれば妻と娘の調子を見てほしいと綴られていたが、もう興味は失せていた。


 「アズュリア様のご様子はご存じでしょうか」


 執事長も主人の妻や次女の事についてはそれ以上何も言わず、声を潜めて長女を案じた。


 「変わらないようには見えたよ。本当に冥府かどうかは判らないが、どこか次元を違えた空間にいるのは本当らしい。意識体のみしかこちらへはこれないそうだ」


 ヒビキも小さな声で答えた。


 「……さようでございますか」


 執事長は表情を変えず胸に手を当てて一礼した。


 「この度はまことにありがとうございました」


 「いいよ。弟子の頼みだ」


 ヒビキはにっと笑った。


 「興味深かったしね。あの子自身も面白いが、持って来る案件も本当に面白い」


 執事長も微かに笑みを浮かべた。


 ヒビキは受け取ったものをローブの中へ仕舞い込むとぽんと執事長の肩を叩いた。


 「今後はいつもの言葉づかいで頼むよ、苦労人」


 「業務中でございますので」


 はは、とヒビキは声を上げて笑い、手を離して背を向けた。


 「ではね」


 そう言って家の中へ入っていった。


 この森の中の隠れ家のような一軒家もエスタリアの次女が出て行った以上は薬師も退去しなければならない。


 見送りはアルカミラ家から執事長が主人の名代でやってきていた。家内の確認もあるのだろう。


 そちらにも挨拶し、己の荷物を持つとその日のうちに姿を消した。

見に来てくださってありがとうございます。

いいね、評価、ブックマークありがとうございます。


日中の最高気温が二十度を超えました。

つい先日、明け方がマイナスだったのに。

服装も布団もどう調整すりゃいいんだか。

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