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 家具屋のある商店街は市場の通りから中央広場を抜けた反対側だった。


 この街は役所の前の広場を中心にして道が放射状に広がっていた。


 広場をぐるりと歩くと、通りの特性もすぐにわかる。


 家具屋はすぐに見つかった。


 店の前に置かれている棚など見る。


 庶民向けのようだったが作りは丁寧だった。


 ---クローゼット買うの?


 楽しげにアルテラが問う。


 ---買わないわよ。流石に鞄に入れるわけにはいかないだろうし、それ以前に必要ないし。


 ---え、だったら何見に来たの?


 何故クローゼットを見るのが前提なのだ。


 店の中に入って箪笥やテーブルを眺めながらゆっくりと目的のものを探す。


 「何かお探しですか」


 店員が尋ねてくる。


 「コンソールテーブルはないかしら」


 こういうサイズで、と説明すると、店員は首を振った。


 「こちらは庶民向けの家具屋ですから、置いていないのです」


 「あら、でも、華美な物は必要ないのよ」


 こういう作りがいい、と傍にあった飾り気のない小ダンスを指さす。


 「であれば、職人を紹介しますので、特注で作られたらいかがでしょう。凝った装飾は必要なく、またコンソールテーブルのような単純な作りであれば、それほど高価になるわけでもありませんし」


 「そうね……」


 少し考えたが、職人街と職人の名前と工房と、この店の店名を書いたメモを貰って店を出た。


 メモは薄く切った板だった。


 ---気が利いてるわね。


 家具屋らしいというか、この辺りの店はこういうのが当たり前なのか。


 ---ていうか、あなた、コンソール自作するって言ってなかった?


 ---うん、まあそうなんだけど、あの部屋の中に私のつたない家具を入れるのも申し訳ない気もしてね。


 ---そういえばドレッサーと小さい箪笥は置いてあったわね。古いけどそれなりの物ではあるから合わせた方がいいのか。


 ---ま、なければ作るんだけど。


 ふふ、とアルテラは笑った。


 ---それアケヒがよく言ってたわ。


 ものづくりが得意だったというアケヒ。


 アズュリアはそれほど得意というわけではない。異能で底上げ出来ている部分を除けば、どちらかというと不器用だと思う。


 どんなに出来が悪くとも、必要であれば作って使うしかなかっただけだ。


 職人街の通りへ入り、言われた工房へ行ってみる。


 看板を確かめて開きっぱなしのドアから中を覗くと、家具屋のように作品が所狭しと並べられていた。


 奥の作業場では、職人が何人か作業している。


 「商店街の家具屋さんから紹介されてきたんだけど、少し見せてもらってもいいかしら」


 渡された木片を見せながら声をかけると、親方らしき男が顔を上げて「ああ、好きに見ていってくれ」と答えた。


 アズュリアはにっこり頷いて一つ一つ家具を見ていった。


 ---丁寧なつくりね。


 家具屋に置いてあった家具はほぼここの作品のようだ。


 サイズ的に丁度いいと思われる物も見つかった。


 コンソールテーブルというより、花台として作られたようだったが、アズュリアにとってはどちらでもいいことだ。


 アズュリアが適当に作った入れ子になる花台と同じで、こちらも入れ子で作ってある。三個のセットだが。


 その隣に置いてあるものにも目を止めた。


 ---あら、それ……


 アルテラが何か言いかけたが、その前に、


 「ごめんなさい、これとこれとこれ、頂けるかしら」


 アズュリアは職人に声をかけた。

 



 梱包は必要ない、家の者が取りに来る、と言って支払いを終えた。


 そして、工房の裏へ運んでもらうと、そこで家の者を待っている、と言って職人たちには中へ入ってもらった。


 皆が中へ入ってから、鞄の中へ素早く全てをしまって、そっとその場を離れた。


 もとより隠形の指輪を嵌めているので、全ての印象は曖昧なはずだ。姿を隠してしまえばそのうち「そういう客が来たな」程度のぼんやりした印象になる。


 職人街をのんびり歩く。


 刃物屋で幅広のナイフと鉈を買った。


 庭仕事の為の道具は公爵家で質のいい物が用意されていて、最初にガルドウが必要そうなものを持ってきてくれたが、鉈は無かった。


 森に入ってやぶこきしたり、薪を割ったりするような事は庭仕事には入っていないので仕方がない。


 だが、アルテラで転移出来るなら、山野に入って薬草採取が出来る。


 鉈は必要だ。


 護身用の剣も欲しい所だが。


 鍛冶屋は鍛冶屋で固まっていて、一つ向こうの通りだ、と刃物屋で教えてもらった。刃物屋もそこの鍛冶屋の直営店らしい。


 道の反対側へ渡って、今度はそちらを見ながら戻ることにする。


 陶器工房の直営店があったり、ガラス工房があったりして、アルテラが綺麗だと喜んだ。


 温度の上げ下げ含め異能制御で扱いやすいという理由だけで、もっぱら金属製の計量カップを愛用しているが、アルテラには味気ないかもしれないと思って、綺麗な青い花の彩色された陶器のコップを買う事にした。勿論、アルテラに選ばせた。


 一つだけ買うつもりだったが、お揃いでほしいと言われたので二個買った。


 薬師組合が指定している容器が置いてあるか尋ねると、在庫はあるという事だったので、傷薬用の容器を百個買った。


 容器は小さいものなので、百個入りの箱の大きさより、重量で一人で持てるか心配された。


 家具工房と同じように、家の者が来るからと、店の裏に運んでもらって、そこで待つと言って残った。


 ---薬の容器は屋敷に届けてもらってもいいんじゃないの?


 ---街に出入りしている事を知られたくないの。


 薬師として組合に顔を出したいと言えば反対はされないだろうが、立場上護衛をつけていけ等という話になるだろうから煩わしい。


 何より本邸の使用人、特に執事や侍女長と話をしたくない。


 ---あの人達は、私が大人しく離れに引っ込んでいればそれでいいんだろうから、そう思わせておくわ。


 ---まあ気持ちはわかるけど。


 人目が無い事をアルテラに確認してもらって鞄に箱を入れるとさっとその場を離れた。


 ---薬の納品については、そのうちガルドウに頼むわ。


 ---ああ、それがいいかもね。


 執事長が庭師やその家族を出入りさせて、逐一報告を上げさせている事は判っている。  


 年に数度の事ならば、たまにガルドウに報酬を渡して薬を組合へ届けてもらい、帰りに薬瓶を買ってきてもらって「薬師として動いている」体を見せておくのも良いだろう。


 ---そろそろ師匠からも定期便が届くだろうし。


 ---エスタリアのお師匠さん?


 ---そう。こっちへ移る事は薬師組合の最速便で知らせておいたから。


 知らずアズュリアの唇がほころんでいた。


 親から疎まれた子供を三年間指導した師匠は、愛情を持って接してくれたのだろうと察せられた。


 ---実家も王宮も信用できないから、確実な連絡を取る方法に困ったものよ。組合の書簡システムは信用できるけど、受け渡しが組合事務所だから私がしょっちゅう行けないし、人を立てるにしても信用できる人を探さないといけないし。


 ---結局、うまく連絡が行き届いてなかったようだけど?


 ---仕方ないわ。どうにもならなかったんだもの。薬師資格を失わなかっただけ御の字よ。


 それさえ師匠のフォローの御蔭だった、とアズュリアは言う。


 ---師匠を私の連絡先にしてもらってからはうまくいってたわ。師匠からの連絡を受け取る手段も、師匠が考えてくれたし。


 ---どんな方法?


 興味津々、といった風に尋ねてくるアルテラに、内緒、とアズュリアは笑った。


 ---すぐ判るわ。楽しみにしておいて。


 そう言った所で、職人街の通りから広場へ戻ってきた。


 そこで、荷馬車に荷物を積み込んでいる見知った人物が目に飛び込んできて思わず立ち止まった。


 ぎゅっとフードを目深に引き寄せ鍛冶屋が集まっているという通りの方へ入る。


 今日街へ来ると言っていたのだから会う可能性も高いということを、開放感で浮かれて失念していた。


 ---隠形が利いているとは言え、心臓に悪いわ……


 ---大丈夫。ぼんやりした感じでしか認識されないわ。


 ---それでも、なんだか落ち着かない。こっちを見られたような気もするし、なるべく目に入らないようにするわ。


 アルテラは笑った。


 別に悪い事をしているわけでもないのに、こそこそするなんてね、と言いながら。


 こちとら実の親にも疎まれた嫌われ者だ。隠れているくらいで丁度いい、とアズュリアは答えた。


 鍛冶屋を順番に覗いて、武器を打っている工房に入った。


 並んでいる剣や槍をぐるりと見回し、一角に十本程まとめて置かれている、短めの剣に目を止めた。


 中の一本の柄を掴んで持ち上げる。


 ---うん、重くはない。


 鞘から抜くと、やや広めの刃が現れる。


 ---なんか、さっき買った鉈をちょっと剣っぽくした感じ?


 アルテラが言う。


 ---そうね。多分これ、正しくそういう物なんだと思うわ。


 ---鉈の延長の護身用剣てこと?


 ---そう。使うのは多分、山や森に入る人ね。だから鉈としても使うんだろうけど……


 綺麗に研がれた刃にはアズュリアの顔がはっきりと映っている。


 ---これ結構な代物だと思うわ。


 腕輪の力を少しだけ解放して神力で刃を見てみる。


 打った人間は神力を込めている。


 恐らく異能持ちが打った物だ。


 「それが気に入りましたか?」


 声をかけられて振り向いた。


 鍛冶師らしき男が立っていた。


 入る時、一応声はかけたが、奥からは鎚を打つ音が響くばかりだった。


 今その音はやんでいる。


 「ええ。いいものだと思うわ」


 アズュリアは答えた。


 「あなたが打ったのよね?」


 「そうです。狩人や農民が山に入ったりする時に使う物なので、剣を職業にしているような人には見向きもされませんが」


 「まあ、そういう人達用の剣は別にあるわけだから」


 壁にかけられている何振りもの剣を見やる。


 「鍛冶師に異能者って出たりする?」


 「どうでしょう。自分は聞いたことがありませんが」


 アズュリアは少し目を見開き、そして頷いた。


 「これ、いただくわ」


 そう言って、さっさと支払いを済ませて工房を出た。


 ---彼、異能持ちよね?


 ---ええ。でも本人に自覚がない。


 ---神殿で確認しなかったって事?


 ---その後で発現したんだと思うわ。


 ---もしかして、異能って遅くに発現したりする?


 ---滅多にないけどね。


 ないわけではない、という。


 ---多分、ごく弱い力ではあるんだろうけど、職人にはそういう人がちらほらいるんだと思うわ。


 ---修行が発現の切っ掛けになったりする?


 ---そうね。あなたの過酷な八年が調薬を飛躍的に伸ばしたように。


 やはりそういう話なのか。


 ---所でこのまま広場に戻るとまた庭師に会うと思うんだけど。


 言われて思わず立ち止まる。


 ---買い出しだって話だったから、種苗とか園芸用具とかよね。


 ---庭関係だったらそうでしょうね。


 ---どこかの路地から転移で帰るのはどう?


 ---いいけど、次の為にも場所は選びたい。街門を都度出入りするかどうかも考えた方がいいんでしょ。


 ---そうね。記録に残るのも良かったり悪かったりか……


 薬師セルキスが街に滞在している事になるのは構わないが、アズュリアと結び付けられる人間がいないわけではない。


 もう王家とも実家とも縁は切れているのでばれたところで問題はないが、公爵夫人として逸脱した行動はしないと契約書に署名した。暫くは隠して行動したい。なによりその方が自由だ。


 ---出た記録は残した方がいいかなあ。


 ---そのうち部屋でも借りたら?転移するだけだから小さくて狭い所でいいし。


 ---ああ、そういう手もあるか。でも小さくても、拠点を増やすのはなあ……。居場所が増えると維持管理もそれだけ必要になるわけだし。


 ---庭師たちと荷馬車はさっき私たちが寄った刃物屋にいるわ。


 不意にアルテラが言った。


 ---あ、そういうの判るんだったわね。さっきは?


 ---初めての外出で浮かれて油断してた。


 姿があればぺろりと舌を出したような事を言う。


 ---……まあ、私も同じようなものだから責められないけど。


 む、とアズュリアは唇を曲げたが、少ないとはいえ、人通りのある場所でいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。


 汗をぬぐうふりをして再び歩き出した。


 ---今回は門を出るのね。


 ---そうするわ。


 広場まで足早に戻ってくると、用事は済んだと北の街門の方へ歩きだそうとしたアズュリアをアルテラは止めた。


 ---靴買った方がいいわ。


 言われて足元を確認する。


 この所庭仕事ばかりだったので、園芸用ブーツか、作業用にしている頑丈ブーツしか履いておらず、気づいていなかったが、王都にいるころから日常的に履いていたブーツはあちこち傷が入って大分傷んでいた。


 ---その靴、どのくらい履いてるの?


 ---そうねえ、一年くらいかしら。


 毎日ではないがしょっちゅう履いていた事に違いは無い。それは傷むはずだ。


 ---あなたまだ成長期終わってないでしょう。サイズも合わなくなってるようだわ。

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