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 花は神力によって生きている。


 全身に膨大な神力を抱えている。


 こちらの大陸の異能どころではない能力を持っている。


 という事らしかった。


 「つまり、転移が出来ると」


 ---そういうこと。ただ、行った事ある場所じゃないと座標が判らないのよね。


 「あなた生まれたばかりじゃない。いや、それ以前にあなた移動できるわけ?」


 ---ほい。


 ぽん、と花から何かが飛び出してきた。


 アズュリアの小指程の枝だった。


 それがアズュリアの頭の上に落ちた。


 アズュリアはそれをつまみあげてしげしげと眺めた。


 「これ、ユスラの枝?」


 ---そう。あなたにそれを渡す事はユスラも了解している。


 見ていると、枝の節の一つから緑の葉が出て、それがやがて蕾となり、ピンクの花をひらいた。


 真紅で八重咲きの派手な見た目であるアルテラとは全く違っていた。


 ---その花は私と連動してるから、あなたが持ち歩いてくれればどこへでも行けるわ。


 「距離はどの程度まで遠隔操作が可能なの?」


 ---神力が満ちている限りどこまででも。


 「頼もしいわ」


 アズュリアはここ一番の笑顔を見せた。





 アズュリアは薬師のローブを羽織った。


 アケヒの遺産の一つである、印象を曖昧にする認識阻害の指輪をつける。


 髪の色を濃い目の茶に見せる指輪もつける。


 黒髪はこの国では目立ちすぎるので、いつも市井を歩く時は茶色に染めた上、ローブのフードを深くかぶってなるべく隠していた。


 髪の色を変えられる道具が手に入ったのは良かったが、目立たないに越したことはない。街へ入ったらフードは被っておこうと思う。


 枝はローブの胸ポケットへ入れた。


 入れた途端、花が覗く位置でぴたりと留まってアズュリアを苦笑させた。


 「市販のローブにして良かったわ。自作だと胸ポケットなんてつけないもの」


 ---あら、ポケットなければ胸にそのまま留まるわよ。


 一旦、外に出て、南へ目をやる。


 「街はあの方向。家の周辺はこんな感じ」


 ぐるりと回り、裏庭の木立ちの中を移動する。


 畑を見て、「まあ、神力が溢れてるわ」とアルテラは感嘆の声を上げた。「壁越しでも感じていたけれど」と続ける。


 「木立ちを伝って移動した方がいいと思うのよね」


 ---そうね。でもその前に、アズュリアも心話を憶えて。


 「え」


 ---考えるだけで通じるから。


 アズュリアは目を瞬かせて胸ポケットの花を見、何事か考え込むようにして、それから心の中で話しかけてきた。


 ---通じてるかしら?


 ---通じてる通じてる。


 ---これの前に考えていた事は?


 ---そっちは判んない。


 ふむ、ともう一度考え込み、頷いた。


 「つまり、あなたと会話したい、と思わなければ通じない。思った事が筒抜けと言う事は無いわけね」


 ---そう。簡単でしょ?


 アズュリアは苦笑した。


 「そうね」


 


 


 戸締りをして寝室へ入る。


 アケヒの指輪の説明で、中からベルトを出して何のためにあるのか謎だった金具に装着すると背中に背負う事が出来るようになった鞄を持ち上げる。


 「最初は丘の上の木立ちね。人がいれば判るんだったっけ?」


 ---転移予定地に人がいるかどうかは遍く地に溢れている神力で自ずとわかるわ。ただ目的地の詳細を知らないと情報もぼんやりしちゃうから、最初は見える所に転移した方がいいのよ。


 「具体的に思い浮かぶ場所がいいのよね?さっき見えていた丘の上はどう?」


 ---うん。誰もいないわ。敷地全体を見回した範囲だとこの周辺に人はいない。


 「それじゃ行きましょう」


 改めて鞄を背負う。


 胸の花がふるりと震えた。


 アズュリアははっと息をのんだ。


 瞬きひとつの瞬間に、家の外へ移動していた。


 咄嗟にぐるりと周囲を見回すが人の気配はない。


 丘の上から見下ろす位置に離れが小さく見える。


 反対側は、かなり遠くに屋敷の塀と、その向こうに街が更に遠く見えている。


 門は東の方にあるので見えない。


 屋敷は同じく東よりに丘の頂上と同じ高さに建っている。こちらも小さく木立ちの向こうに見える。


 丘は幾つか連なって敷地に変化をつけていて、屋敷は高台に当たる部分に建てられたのだろう。


 ---次は塀の外へ行ける?あの林の中がいい。


 心話に切り替えて、塀に沿って整地されている道の向こう側に見える林を指さす。


 ---うん。ここから真っ直ぐの場所に人の気配なし。行くわ。


 再び転移。


 あっさり屋敷を出られた。


 なんとなく気が抜けて足元を見ると、薬草の群れが目に入った。


 ---ちょっと詰ませて。


 生えていた薬草はアサギリドクハと呼ばれている。


 茎に棘があって、詰みにくい上、根と葉には毒がある。


 花は小さいが鮮やかな黄色でこちらは甘い芳香を放つ。


 生えているのが見つかると、花ばかりむしり取られる薬草である。


 そっと花をつまみ、地面から三分の一程の所を鋏で切る。


 ---今、どこから鋏出したの?


 ---園芸用ベルト。


 ---いやいや……


 ローブの下は常の通り庭師の恰好で、腰には園芸用の鋏やナイフなどが下げられるベルトが巻かれていた。小さなバッグもついている。最近のアズュリアのお気に入りである。拳二つ分程度の容量しかない腰バッグに空間拡張を付与しようとして、やや収納量が広がったと喜んでいたのはつい昨日の事だ。


 手早くひと群れ切り尽くすと、そのポシェットから小さな麻袋を取り出して花をつまんでぽんぽん中へ入れ、口を閉じると背中から鞄をおろしてその中へ。


 ---鞄に入れるのね。


 ---腰バッグはまだそこまで容量がないのよ。鞄だと劣化もしないし。


 ---空間拡張は扱いが難しくて、年季が物を言うからねえ……


 ---まあ地道に磨いていくわよ。


 本来であれば、数日あれこれやってみた所で「やや」程度でも付与できるようになるのは稀であるのだが、アルテラはそれを言わなかった。


 どうもアズュリアは自分の能力を未だに「大したことが無い」と思っているようだった。


 それは周囲が刷り込むようにそう言い聞かせてきたからか、本人がそうであってくれと望んできたからか。


 王家が凡才扱いしてきたのもそれが影響しているのではないかと思われる。


 凡才どころか、神気に目覚める前の能力値だとて相当高かった筈なのだ。誰も気づいていなかったようだが。


 真面目なだけが取り柄の大人しい貴族令嬢。


 根も葉もない噂一つどうにもできなかった政治手腕のない娘。


 それが王家の、主に王妃の評価だったのだろう。


 だからこそ噂をばらまいて姉を追い詰めた妹に興味を示したのだろうが、姉の報告よりも遥かにひどい無教養な娘で、全く教育されていないそれを見てどう思ったのか。


 アズュリアは鋏をベルトに仕舞い、再び鞄を背負った。


 ---行きましょうか。


 林の中を少し歩くと、なだらかな草原の彼方にアルカミラ領都の中心街へ入るための外壁と門が見えた。


 ---アルカミラって領主は街の中に住んでないのね。


 ---そういう領地も結構あるらしいわよ。それぞれ事情があるんだろうけど。ここの場合は、当主が代々魔力研究をしているから、なるべく郊外に広い敷地を設けて街に影響が出ないようにしているらしいわ。


 ---魔力研究でどんな影響が?攻撃魔法の暴走なんて起こりゃしないわよ?


 ---それ、聞かなかったことにする。


 思うに、神力を知った今となっては、魔力は魔力だけ研究してもあまり発展はないのではないかと思う。


 それは神力も同様だが。


 ---広大な屋敷で、水路を引いたり、下水施設を作ってみたり、魔法を活用して大がかりな実験はしているようだから、まあ無駄ではないのではないかしら。


 ---ああ、それを街に応用したんだっけ?


 ---おかげでアルカミラは衛生的な街になったわ。他領とは比べ物にならないわよ。


 ---代々良い領主ではあるのね。


 ---公爵家にしては領地は小さいけどね。それも多分実験に向いてるんだと思うわ。


 次はあそこ、と指差した木立ちへまた転移する。


 だいぶ街門が近くなった。


 領民なら入街料は小銀貨一枚だった筈だ。他領民は銀貨一枚。領都へ入る時乗合馬車の御者がそう言った。アズュリアは当然銀貨一枚払った。


 今回は組合に異動届を提出しているので薬師の資格者証で領民と見なされるはずだが、どうだろう。


 街門に一番近い木立ちへ一気に転移して、フードを被る。


 人がちらほら歩いている所へ用心深く混ざって門へ向かった。


 昼間はそこまで列も長くない。門番ものんびりしていた。


 身分を証明するものをと言われて薬師の資格者証を出すと、四角い台の上へかざすよう言われた。


 言われた通りにすると、資格者証の端に刻まれた蔓草の模様がきらりと青く光った。


 「通ってよし」


 入街料は小銀貨一枚だった。御者の話は本当だったようだ。


 ---さっきのあれ、魔法道具よ。


 アルテラが珍しそうに言う。


 ---この国でも使われているのね。


 ---よその国では普通にあるものなの?


 ---よその国はしらないけど、アキミズホでは普通にあったわよ。アケヒが作ったんだけど。


 アズュリアは息をのんだ。


 ---ま、アキミズホじゃ法具って呼ばれてたけど。


 ---あれ、アケヒが作ったんだと思う?


 ---どうかしら。仕組みはすごく似てるけど、力の源は魔力みたいだし。


 ---曾祖母はとにかく目立つことを避けてたらしいから、便利だけど自分の痕跡が残るような物を大っぴらにはしないと思うのよね。


 ---神力を使っていなければ、別にいいんじゃない?弟子でもとってたなら、弟子に作らせたりしたかもね。


 ---弟子……


 ---だって辺境伯領で色々やってたんでしょ?


 そういえばそういう話だった。


 入街のシステムや、資格者証の蔓草のチップ等のアイデアはアケヒなのか……?


 今まであるのが当たり前で深く考えては来なかった。


 しかし、その「深く考えない」というのは、鞄に見せた老メイドの反応を思い出させる。


 曾祖母関連についてはエスタリア家には殆ど何も残されておらず、調べたければ辺境伯領へ行ってみるしかない。


 そのうち余裕が出来たらそれも考えてみようと思った。


 そう言えば、現在は全く実家とは没交渉なのだろうか。王都にあまり出てこない辺境伯とはいえ、年に一度くらいは王家主催の行事に顔を出していたのではなかったか。だが、社交の場で親が交流しているのを見た記憶がない。


 まあ、王子の婚約者の筈の実娘とも交流していなかったわけだが。


 そうこうしているうち、薬師組合の建物についた。

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