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「お帰りなさいませ」
裏口からこっそり入ると、執事長が立っていた。
「ただいま。何か変わった事はあって?」
薬師は少し驚いたような顔をしたが留守の間の事を問う。
「いえ。奥様もお子様も落ち着いていらっしゃいます。旦那様は書斎でお待ちです」
そう、ならよかった、と呟いて薬師は書斎へ向かう。
二階の主人の執務室周りは執事や執事見習いが数人いた。
常に人気のある状態にしているらしい。
「あなたの子飼いなの?」と目で問うと、「腹心でございます」と同じく目で答えられた。
扉をノックすると、内側から扉が開けられた。
薬師と執事長は中へ入った。
主人は青白い顔でデスクの椅子に腰かけていた。
「あちらの様子はどうだった」
主人は書類を脇へ寄せ、顔を上げた。
「つつがなく終わりました。ご夫妻とも喜んでおいででした。よくお礼申しあげておいてくれとの事でした」
「そうか……」
主人は溜息をついた。
「本来であればアズュリアへ伝えるべきなのだろうがな」
全ては「アズュリアの手配」で執事長と薬師が動いたに過ぎない。
様々な事を明らかにされて、主人は戸惑うばかりだった。
「奥様のご様子については何も申し上げてございませんので」
中毒症状の事や早すぎる出産の事等はエスタリア家内で秘されている。
本来の出産時期にどうするかは主人が考える事で薬師には関係ない。
「あちらは身分差を気にしていて、あまりこちらに関わってこないようにしているのだ。婚約時からそのように告げられていた」
事業の提携なども、こちらから申し入れない限りは何一つ要求もしてこなかったらしい。
常識的で奥ゆかしい夫妻ではあった。
なぜまたあんな娘が生まれ育ったものか。
「この後、何か用はあるのだろうか」
「あと一つ、アズュリアの頼まれごとがございます。それが終われば、アルカミラへ行って、お嬢様の対応に当たります」
薬師が言う「お嬢様」は次女の事であって、アズュリアの事ではない。
「そうか。娘の事はよろしく頼む。こちらへは好きなだけ滞在してもらって構わない。同じ部屋をそなたの為に常に開けておく」
「ありがとうございます」
薬師は頭を下げた。
「その、娘の事だが」
公爵は複雑そうな顔をしていた。
「どのような様子か聞かせてもらえないだろうか」
「概ね奥様と同じような状態です」
薬師の答えに公爵は溜息をついた。
「意識の混濁は奥様よりはましです。ずっと眠り続けているような状態ではありますが、時折目覚めて、その際には人との意思の疎通も可能です」
「では、回復の可能性は」
「確実な事は申し上げられませんが、今よりは改善されていく可能性が高いです」
「そうか……」
公爵は複雑な表情のままだった。
確かにあの次女が回復して戻っても、扱いに困るだろう。
「少し、気にかかる事がございます」
薬師の言葉に顔を上げる。
「奥様はご実家で、庭に出て草木の世話をするのがお好きだったと伺いましたが、こちらでそのような事はなさっていましたか?」
「いや……」
公爵は意外そうな顔をしたが、何か思い当たるようでもあった。
「そう言えば、婚約時代は実家の庭の話をよく聞いたな。何の花の季節だとか、庭木に何の実がなったとか。それに……」
「公爵家の庭の事も聞かれたので、案内すると、庭師の説明を熱心に聞いていたりもした」
執事長も頷いた。
「嫁いでいらしてごく最初の頃でしたが、庭に出て、花を眺めたり、鳥にパンくずを与えたりなさっていた事もございましたね」
「奥様の性格が途中で変わったというようなことは?」
執事長も公爵も首をかしげた。
「変わったと言えば変わったのだ。確かに婚約した頃と今とでは全く違う。だが、ある日突然変わったわけではなく、徐々に変貌していったが故に不自然ではなかった」
ふむ、と薬師は考え込んだ。
「ご実家のご両親を拝見した限りでは、奥様が常識はずれな方になるとも思えないのですよね。薬の影響がないとも言い切れません」
つまり、娘の方もその可能性がある、と。
「回復したとして、教育が間に合うのだろうか……」
公爵は苦悩に満ちた顔で額を押さえる。
薬師は答えなかった。
なるようにしかならない。
どうするかは公爵家の問題だ。
一礼して辞し、さっさと与えられた自室へ向かう。
案内してくれるのは執事長。
着いたのは主一家の部屋があるのとは反対翼にある客室エリアの一室。
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好きで見ていた人形劇の四期が知らないうちに始まっていました。
局を調べたらMXでしかやっていない模様。
東京住みでない者は配信で見るしかないのだなとショックを受けましたが、しかし、配信もなかった時代は諦めるしかなかったわけで(昭和生まれ)、ま、良い時代だなと考え直したのでありました。
早速一話目と最新話を視聴してきました。




