10
花はアルテラと名付けた。
石垣を壊して畑と庭を繋げる事は出来なくなった。
流石にこの花を人目にさらすわけにはいかない。
突然出来した真紅の花は、迷迭香や薫衣草等の小さく香の強い花々に囲まれて、まるで主のように小さな庭の中心に君臨することとなった。
ちなみに寝台からもよく見える。
外部から見えないのを良い事に、常に庭側の鎧戸を開けておくようになった。
昼間庭師が来る時以外は、殆ど口を開かない生活だったが、よくしゃべるようになった。
アルテラがアケヒやアケヒの故国の話をよく話して聞かせるからだった。
アケヒが姿を消した後、何故か皆慌てて必死に探したそうだ。
貴重な神力の能力者だから、というだけではないように思えたという。
---王や殆ど関心を示さなかった両親が人や金をつかって国中を探させていたわ。
「弟の為だったんじゃなくて?」
---当の弟は冷静だったわよ?慌ててもいなかったし。
「そのうち逃げ出すと思っていたのかしらね」
---弟が一番どうでもいいと思っていたんだと思うわ。少しあとに水と回復が発現した女の子が現れたら、さっさと王に進言してその子と婚約したもの。血が濃い者同士で子をなすより良いとか今更な事を言って。
「へえ……。アケヒ逃げ損だったの?その子が現れるなら弟と子作りする必要もなくなっただろうし」
---そうとも言い切れないわ。だって王命は「子をなすこと」であって「結婚すること」ではなかったし。
身震いする思いでアズュリアは重い溜息をついた。
アケヒの身に降りかかった事は、自分の身にも起こり得る事で、ふつふつと肌が粟立つ。
「能力者を生み出すための苗床扱いか……。王が必死だったって事は、王もそのつもりがあったってこと?」
---今となっては判らないけど、少なくとも王は王で能力者の子を欲しがっていたとは思うわ。王弟の子にばかり能力者が出てくるのも不満だったようだし。
「アケヒによれば、現状に不満がなければ、能力の発現の切っ掛けはないって事だったわよ」
---あら、近い所をついているわよ。
「ということはそれが全てというわけではないのね」
---まあね。不満が無くとも力が発現する人もいるもの。
うんざりしつつ、手元で糸を玉止めした。
夜になって、縫い物をする為に花の傍に寄ってきたアズュリアであった。
花は光っているので手元を明るくするのに良いのだ。言えば充分な光量を放ってくれる。
---アズュリアは針仕事も得意なのね。
アケヒと一緒ね、と楽しげにアルテラは言う。
「いえ、そんなに得意じゃないわ。調薬用のローブだからささっと縫えるのよ」
---ええ……
アルテラはびっくりしたように震えた。
「調薬に関わりがあると何でも底上げされるみたいなのよね。まあ、調薬用のローブは今まで何着も作ってきたから手馴れちゃってる所もあるとは思うけど。ドレスと違って真っすぐ縫う所が多いし、体型にぴったり沿わせて作らなきゃいけないわけでもないしね」
ちょっとぐらい縫い目がずれても気にならないし、気にする人もいないし、とこともなげに言う。
薬師のローブは白か深緑の、前をボタンで閉じてしまえば全身をほぼ隠してしまえる上着で、アズュリアはもっぱら深緑を愛用していた。
多少の汚れは誤魔化せるし、下に何を着ていても判らないのがいいと言って更にアルテラを呆れさせた。
---城にいたのにドレス着てなかったの?
「下に着てたのはもっぱら締め付けのないワンピースね。時々今みたいに庭師と同じ格好してたけど、まあローブのお蔭でばれないし。行儀や作法の授業の時くらいしかドレスは着なかったわ」
そんなに数も持ってなかったしと続ける。
---まさかと思うけど、着る物も買い与えてもらえてなかったの?
「城に出入りするから必要最低限は用意されたわよ?色々妹に持って行かれはしたけど。サイズ合わないだろうにどんどん持って行くからどういうつもりなんだろうと思ってたけど、あの子考え無しだったから、クローゼットに並べて満足してたんでしょうね」
---それ意味あるの?
「さあ?」
アズュリアは肩をすくめた。
「クローゼットから溢れたら癇癪起こしてどこかへ持って行けって言いだすから、そのタイミングで一部が衣装部屋へ移されたり処分されたりして、その後私がまたこっそり目立たないデザインの物を持ちだすからぐるぐる回ってるだけだったわ。使用人もそれが判ってるから地味目なドレスはなるべく処分しないでくれてたし」
---ばれないわけ?
「そもそもろくに見てなんかいないのよ。あの子は自分のドレスはどんどん親が作ってくれていたし、結局着られないドレスなんてどうでもよかったんだと思うわ」
---なんだか病気みたいね。
「ああ……、そうね。あれ病気かもしれないわ」
病気にしたのは親だ。
ひどい話だと思う。
だからと言って同情はしないが。
---だからクローゼットなくても平気なのね。
アルテラの言に首を傾げ、部屋を振り返る。
言われてみれば、衣装を下げてしまっておける場所がない。家具もない。ドレッサーの隣に小さなタンスが置いてあるのみだ。
窓から見ると奥はより一層がらんとして見えるが、元はあちら側がクローゼットだったのかもしれない。
どういうわけで撤去されてしまったのかは判らないが、アズュリアには必要ないと思われているのだろう。
実際、必要ないのだが。
「鞄があれば基本的に収納必要ないしね」
---ドレス入ってるの?
「多分二着くらい。まだ丈は大丈夫だと思うわ」
---ええ、身長伸びたらどうするの?
「布折り込んでもらってるからそれを出すわ」
---え、仕立て屋にそれ頼んだの?
「ええ。何着も仕立てるほどお金がないって正直に言ってそうしてもらったわ。別に拒否される事も、馬鹿にされることもなかったわ」
案外、うちの事を含めて内情は知られてたのかもしれないわね、とアズュリアは言った。
王宮へ出入りするほどの仕立て屋だ。その手の情報は手に入りやすいだろう。商売に直結もするだろうし。
---アズュリアって正直なのが良い所よね。
アルテラはしみじみと言った。
「別段隠すことでもないでしょう?恥をかくのは親だし」
自分は少しも傷つかない。
「王妃殿下には家の事は報告していたし、たまに出席しなければならない夜会なんかのドレスはまあ、必要な時は婚約者用の予算から作って貰ったし」
---王子から?
「王妃殿下から」
アルテラは「呆れた」と呟いた。
---なんで王子は放っておかれたの?
愚かすぎて見放されていたの?
「ま、王太子殿下は優秀という話だし、馬鹿な子程可愛いって事じゃないのかしらね。私のような真面目なだけが取り柄で、なんでも程々に卒なくこなす人間が妻として傍にいればそれでなんとかなると思っていたのよ。なんともならなかったけど」
---異能がある段階で、「真面目なだけが取り柄」じゃないと思うけど。
「王家にとってみれば、才気煥発じゃないってだけで凡才よ」
---自分たちの事は棚に上げて?
ふふ、とアズュリアは笑った。
「王太子妃が出来る人だったから、比べられてたのよ」
---王子も王太子と比べられてたりしたんじゃないの?
「国王陛下も王妃殿下も第二王子には甘かったし、誰も比べてはいなかったと思うけど、本人が劣等感をこじらせていた可能性はあるかもね。プライドだけは高かったから」
妹が甘ったるい声で「すごいです、さすがです」と誉めそやしてべったりくっついている様を何度も見た。
単に誉められたかったのだろう。
にやにやと嬉しそうにしていた。
妹があれを始めたのは、婚約がなったばかりの頃からだったから、最初は五歳だった事になる。意味が分かってやっていたのだろうから今思えば末恐ろしい。今でさえまだ十三歳なのに、男に媚びるとはどういう事か完全に理解しているように見えた。同じ親から生まれて、同じ家で育ったはずなのになぜこれほど違いが出たのか。
---そう言えば、その王子とか妹とかって、今どうなってるの?
婚約破棄騒動の事は既に話してある。
「さあ。興味ないし」
ローブが終われば、次はスカートだ。黒い生地を鞄から出すと、適当な長さで切り、筒に縫う。足首が出る長さにしよう。裾が長いと邪魔になる。
「妹は王妃殿下から落第くらったらしいわ。でもそれで素直に勉強するようになるとはとても思えないわね」
---となると妹と婚約は難しいって事ね。でも他の貴族家の年回りの合うお嬢さん方は、殆ど婚約者がいるんでしょ?
「ま、どこか遠い国か、辺境の端っこででも見つけるしかないわね。見つかるとも思えないけど」
---冷たい……。
ふん、と鼻で笑ってやった。
鍛えぬいた運針でささっと真っ直ぐ端を縫い合わせ、腰の部分を折り返して、ポットに水を入れた物を異能で熱してアイロンの代わりに押し当てる。一部を残して縫い、紐を通す。裾は切りっぱなしでもいいだろうと思ったが、こちらへ来てから前より動き回るようになった事を考えて、ほつれないように縫った方がいいかもしれないとまたポットの温度を上げた。
---その黒い布って、反物で鞄から出してきたみたいだけど、まとめて買ったの?
「そう。こっちへ来る時に王都の市場で買ったの。手芸屋や生地屋で買うより安かったわ。領都に着いてから、こっちの物価を見るために軽く店や市場を覗いてみたけど、こっちの物価と比べても格安だったと思うわ。多分、南からの行商人だったんでしょうね」
南部は綿花とその加工品である綿の一大産地が広がっている。
---黒しかないの?
「黒安かったのよ。他の色に比べて沢山売れる色でもないっていうから、思い切ってひと巻買ったの」
丁寧に熱で折り目をつけ、裾もささっと縫ってしまう。
「毎日薬草の世話と調薬して暮らすんだもの。黒が最適よ」
---若い娘とは思えない……
アルテラは嘆く。
「黒、良い色じゃない。嫌い?」
---お葬式の時しか着ない気がする。
「葬儀の時しか着ちゃいけないって決まりも作法もないわよ?」
ちゃんと習ったから確実、と再び玉結びを作りながらアズュリアは太鼓判を押すように言った。そう言う問題ではないとアルテラは力なく抗うがアズュリアは気にした様子もない。
「色味は庭の花が沢山あるじゃない。私は黒でいいのよ。髪の色も真っ黒だし」
そう言って笑った。




