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第4層:オリハルコンじじいと銀銅の親

「柴漬けとキムチの二人、逮捕されたみたいね」


 ムーディーな音楽が流れるなか、女は最愛の夫に後ろから抱きついて囁きかけた。

 女の名は金々広銀かねかねひろしろがね、男の名は金々広栄銅かねかねひろえいどう。共に地質学者であり、金々広美弥玖かねかねひろみやくの親である。


「生徒教員……全員がクロだったからねぇ。私立樹苦聖じゅくせい学園はもうおしまいだよ。人間漬物全国大会への参加権も失ってしまったらしい」

「そんな一大組織を倒すなんて、流石私達の娘ね!」

「ああ。美弥玖みやくへの試練として、良い具合の強さだったから重宝していたが……新しい狂人を探すとしよう」

「全国大会に出場予定の他の学校なんてどうかしら? けしかけやすいツケモナーなんて、まだまだたくさんいるはずよ?」

「うーん……。……このなんてどうだい? 資金力も申し分ないし、実績も……」


 闇サイトに出回っている危険人物リストをタブレット端末に表示させ談笑していた二人。その二人の会話を遮ったのは、この世界全てが破砕されたかと錯覚してしまうほどの轟音だった。


「……とうとう見つかってしまったようだ」

「あまり会いたくなかったわ……。……パパ」


 木片が舞う濃い煙の向こうから姿を現したのは。

 二人が侵入者排除の為に仕掛けていた地雷によって大きく歪んでしまった掘削機と、金々広銀かねかねひろしろがねの父にして金々広美弥玖かねかねひろみやくの祖父……金々広織治かねかねひろおりはるであった。


「儂のお気に入りのドリルじゃったが……仕方があるまい」

「お久しぶりです、お義父さん」

「じゃかあしい!」


 地雷は織治おりはるが乗ってきた掘削機を再起不能なまでに破壊し、二人の隠れ家である木造ロッジは爆風によって屋根と壁を吹き飛ばされ、いくつかの貴金属とインテリアだけが、ここに建物があったことをしみじみと示していた。

 明かりという明かりも消し飛んでしまったが、今日は晴天、満月の夜。以外にも、周囲の草原そうげんは草の一本一本を視認できるほど明瞭であった。

 そんな草原くさはらに、織治おりはるの怒号が響く。


「あんな岩山一つ、崩れたところで死ぬようなタマじゃなかろう。婆さんのところに連れていく前に聞いてやる。……何故じゃ? 何故美弥玖みやくの前から消えた? どうしてあの子の成長を見守ってやらんのじゃ?」

「見守っていますよ、二人とも」

「毎日のように、草葉の陰から見ているわよ?」

「ならどうして隠れる必要がある?」

「大切な人が消えれば、あの子は悲しむ。辛い出来事が、困難が、人を強くする。『愛娘を最強にしたい』。親として、誰しもが望むものでしょう、お義父さん?」

「私達、親としてあの子を愛情たっぷり育てたの。別れ際のあの子の涙……最高だったわ。『ああ、これが最強への第一歩なのね』って。パパも、孫娘が弱々しかったら残念に思うでしょ?」

「……そんなくだらないことで、お前達は死んだふりなんぞしたのか?」

「全ては、美弥玖みやくを強くするためです。仕方のないことです」

「…………よぉく、よぉぉぉく分かった。お前達は親失格じゃ。……向こうで婆さんに叱られてこい!」

「そんなの嫌よ。まだまだ美弥玖みやくには困難を乗り越えてもらわないと」

「丁度いいです。……お義父さん。あなたが死ねば、あの子はもっと強くなる。そして、僕達の障害も消える。一石二鳥だ。……|しーちゃん、少しだけ時間を稼いでくれ。アレを持ってくる」

「分かったわ。私も……パパと力比べしてみたかったから」

「覚悟ォッ!」


 逃げの態勢をとった栄銅えいどうには目もくれず、織治おりはるは一直線にしろがねへと襲い掛かった。幼少の頃よりその恐ろしさをよく知っているしろがね。侵入者の迎撃用に備えていた銀色のピッケルを地面から拾い上げ、大きく振りかぶった。


「そんなモンでこの儂が止められるかァ!」


 ピッケルは織治おりはるの左脇腹に深く突き刺さった。確かな手応えもある。……にも関わらず、しろがねの首を絞め上げる両手の握力は弱まらなかった。


「これってDVじゃないのパパ?」

「お互いになァ……!」


 不屈の炭鉱夫魂と現実離れした頑強な肉体を持つ織治おりはるは、いつしか仲間うちで「オリハルコン織治おりはる」と揶揄されるようになった。それは、金鉱業で財を成し「金々広かねかねひろ鉄鋼」の会長として現場の第一線を退いたあとも変わることはなかった。


「こんな傷くらい、痛くもなんともないわ。ガスに包まれて坑内に置いて行かれた時のほうがまだ苦しかったわい……!」

「じゃあ、これならどう?」

「なんじゃと?」

「あなた!」


 重い音を立てて急接近してきたのは、二つのアームを持つショベルカーのような重機。侵入者に備え、事前にくすね隠し持っていた物である。


 咄嗟の判断でアームの一撃をかわし、身体に突き刺さっていたピッケルを抜き払う織治おりはる。ぽっかりと広がった傷口から流れ出る血。強がってはいるが、その身には確かなダメージが蓄積されていた。


「消えてくださいお義父さん! 僕達の愛しい愛しい娘のために!」

「行って、あなた! トドメよ!」


 片方のアームが蟹のハサミのような爪を広げ、傷ついた織治おりはるの胴体を挟み込んだ。


「グオォォォ!」

「「いけぇぇぇぇっ!」」


 もう一つのアームが、織治おりはるの眼前に差し迫った、そのとき。

 猛烈な爆発が、真下から重機を襲った。


「な!?」

「やだ、ちゃんと作動しなかった地雷があったの!?」


 軋み、音を立て、横転。

 その隙を見逃さず、アームを自力で引き剥がした織治おりはるは一目散に逃走した。


「覚えておれ!」


 突然の出来事に、実父及び義父の背中を見守ることしかできない二人。


「……追うかい?」

「あー……。頑丈すぎて、パパを相手取ると面倒なのよね。……次の機会でいいわ。少し……疲れたもの」

「隠れ家も壊しちゃったし……どうだい今夜は? 久しぶりに街の方で夜を明かすのは」

「あら、いいわね! ……パパ、次こそ必ず」

「……地球の地層は揺るがない。つまり地質学者の心も……揺るがない」

「ええ」


 山奥の草原そうげんに轟いた爆発。当事者である彼女ら以外、誰も気に留める者はいなかった。



 ◇



「お爺様⁉ どうされたのですか⁉」

「ああ、ちと転んでしもうてな……」

「ひどい怪我……。それに服もボロボロ……。すぐに救急箱を持ってきます!」


 帰宅後、心配そうに駆け寄ってくれた孫娘の背中を見送る織治おりはる


「……婆さん、どうかあの馬鹿娘達から美弥玖みやくを守っておくれ」


 爆発と同様に、彼以外にこの声が誰かに届くことはなかったのだった。

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